アヴァターの歴史において、救世主と呼ばれる存在は結構いたりするが、その中でも当真大河は前代未聞な救世主である。
どれぐらい前代未聞か。
神様をぶっ倒した。
かなり前代未聞である。
普通の救世主は別世界から召喚され、神様に選ばれるものであって神様を倒すものではない。
でも実はその神様と言うのもろくでもない神様だったりしたのでしょうがない。
救世主はその名が示すとおり、その世を救うものである。
だからその世界を救うために必要なら、例え神様だってぶちのめす。
……まあ、当の救世主にそんな自覚とか決意とかがあったかどうかは本人とその周囲の人間しかわからないと思うが。
ともあれ、神は倒されこの世界――アヴァターは救われた。
さすがに世界も無傷ではないし、犠牲がなかったわけではない。
人々は復興作業に日々を追われている。
それでもまあ、アヴァターは平和になった。
もうこの世界が理不尽に滅ぶことはないし、いつ来るかわからない『破滅』の足音に怯える必要も無い。
そして今、この平和の立役者である救世主、当真大河が何をしているのかと言うと。
「納得するかバカァ!」
「少しは懲りなさいっ!」
「うぎゃぁー!」
悲鳴を上げて吹き飛んでいた。
リリィ・シアフィールドは悩んでいた。
理由は言うまでもなくというか、彼女と親しい人間ならば説明の必要もなくわかるだろうが、当真大河のことである。
もし彼女の事を良く知らない人間が当真大河との関係を聞いたなら、彼女は照れて怒ってひょっとしたら少しは暴れつつも、最後はこう答えるだろう。
そう。
「私の一番好きな人」
当真未亜も悩んでいた。
理由は言うまでもなくというか、彼女と親しい人間ならば説明の必要もなくわかるだろうが、当真大河のことである。
もし彼女の事を良く知らない人間が当真大河との関係を聞いたなら、彼女は少し照れつつも、堂々とはっきりこう答えるだろう。
そう。
「わたしの一番好きな人」
で、そんな彼女たちが大河の何を悩んでいるかと聞かれたら、先ほどのシーンから数分 巻戻ってもらえるとわかりやすいだろう。
場所は市街のちょっとお洒落なレストラン。
値段はちょっと高めだが、料理が美味くて雰囲気がいいのでカップルなんかに結構人気のお店。
そして、そんな店の窓際にある特等席に座っているのは大河。
大河の席からテーブルを挟んで向かい側にあるもう一つ椅子があり、二つの席の前に料理が並んでいるんだからデートでもしてるのかと思うかもしれないが、そういうわけではない。
いや、ある意味その通りだがそう言うわけではない。
どちらかとデートをしているところにもう片方がやってきて、三角関係の修羅場発生とかそういうわけでもない。
だって。
大河の前に座っていたのは二人のいずれでもなく、あまつさえフローリア学園救世主コースの誰でもなく、薬屋の看板娘だったりしたからだ。
なんで過去形なのかと聞かれると、大河とその娘がデートしているという情報を掴んだリリィと未亜がこの店に入ってきた瞬間逃げたから。
ちなみに周囲の客もいつの間にやら逃亡済み。
今この店にいるのは怒りに燃えるリリィと未亜と、逃げようとしたところを阻止された大河と、店が壊れないようにカウンターの奥で祈る店主のみである。
「大河、覚悟はいい?」
「いやあの、俺の話も聞いてくれると嬉しいんだが」
「どんな話?」
にっこりと、まるで天使のように微笑む自分の妹を見て大河は考えた。
これが最後のチャンスだ。
ここで語るべき言葉を誤れば、俺はこの大空を舞飛ぶ羽目になる。いや、どっちかと言うと吹き飛ぶ羽目か。
そんなわけで大河はその灰色の脳細胞をフル稼働させて、思い浮かんだ言葉をその口から解き放つ。
「浮気は男の甲斐性って言葉があってな」
そこまで言った瞬間に光と炎とその他いろいろなものを喰らって吹き飛ばされた。
「納得するかバカァ!」
「少しは懲りなさいっ!」
「うぎゃぁー!」
そのまま空中にいるところに追い討ちまで受けた。
と言うか現在進行形で受けている。
見る人が見れば画面の隅にそろそろ三桁の数字が見えそうな、見事な連撃を受けつつ大河は空を飛んでいきながらも、大河はなんとか口を開く。
「いやほら、古くから『英雄色を好む』って諺が」
「「消えて無くなれぇっ!」」
止めとばかりに放たれた一撃は、後に『ありゃあガルガンチュワだってぶち落とすぞ』と言われるほどの一撃だったと言う。
「「……はぁ」」
そんなわけで、リリィと未亜は二人揃って溜息をついていた。
原因は言うまでもなく大河の浮気癖なわけなのだが。
まあそれ自体は今に始まったことではないし、そもそも救世主コースの女性全員に手を出した大河を受け入れてしまった自分たちにも非はあるだろうが、それにしても限界がある。六人じゃ足りないのかあの男は。
本来ならば他の女相手にでれでれしているだけで吹き飛ばしてやりたくなるものを、「俺はみんなが大切なんだ」という大河の言葉を尊重して救世主コースのメンバーに関してはもう今更だししょうがないかと妥協したらこの有様だ。
ちょっと目を離すと仕事中でもそろそろ抜け出してフローリア学園の他コースの人間や市街に住む女性にも手を出そうとする。
本当に吹き飛ばしてやろうかと思う。
まあ、こっちに関しては遠慮も容赦もなく盛大に吹き飛ばしているが。
毎度毎度吹き飛ばすのは対処療法に過ぎないのはわかっている。
ちなみにさっきの回想は今年に入って三回目のことだったりする。
今年と言ってもまだ一月だったりするわけだが。
「まったく、あのバカは……」
「まったく、お兄ちゃんは……」
二人で全く同時に同じ人間に対して文句をつける。
まあ大河がそういう人間だと言うことは前から知っていた。と言うか、そもそも大河自身がそう公言してはばかっていないのだから知らない人間の方が少ないだろう。
そんな人間に惚れてしまった自分たちが悪いと言えば悪いのかもしれない。
現に救世主コースのほかの面々などは
「まあ、大河君のすることですから」
「男の甲斐性というやつでござるよ」
「わたしはマスターに従うだけです」
「みんな仲良しさんになるのはいいことですの〜」
と言った感じで、とりあえず全員納得しているらしい。
救世主コース女性陣六人中四人が納得し、当人である大河がそれを求めているのだから、それを受け入れれば全ては丸く収まる。
先だっての戦いの後に、ほかならぬ王女の提案で国政が合議制に移ろうとしているこの王国に住んでいるのだから、多数の意見には従うべきなのだろう。
従うべきなのだとは理解できる。
理解は出来るのだが。
「「納得は出来ないわよね」」
二人はまた同時にそう言った。
呟いたのではなく、はっきりとした声で自分自身の意思をこめて。
理解は出来るが納得は出来ない。
多数の意見なんて知ったことか。
他の四人は許したかもしれないが、少なくとも自分たち二人は救世主コースのメンバー以外に手を出す事を許した覚えはないし今後許すつもりもさらさら無い。
よし、道は開けた。
進むべき道が決まったのならば、後は進むだけだ。
問題になるのはその道の進み方、そして――
「ま、しょうがないわよね」
「一人じゃ無理そうだし」
共に進む仲間だけ。
その日、リリィ・シアフィールドと当真未亜と言う、二人を知る誰もが信じられないコンビが結成された。
「よろしくね、未亜」
「こちらこそ、リリィさん」
そして二人は、固く握手を結び合う。
二人の決意を示すように、今結成されたコンビの結束を確かめるように。
そして二人は、今後の事を考えながらにやりと笑った。
まあ、握手は左手で二人の右手は油断無く背後に隠されていたが。
「さて、それじゃあ一つ気合入れてがんばりましょうか」
王立フローリア学園、学園長室の一角にある応接用のソファーに音を立てて座りつつ、リリィはそう言った。
「うん」
未亜も、そう言ってリリィの向かい側のソファーに腰をおろす。
今年に入って、一ヶ月もたたずにもう三回目。
一度目にいたっては、正月ムードもあけない一月三日の話だった。
年末から年明けにかけて、二年越しでまあそのなんだ、色々あって疲れもあって油断していた隙に大河は事に及んでいた。
いや、正確に言えば事に及ぶ直前に駆けつけた二人の手によって制裁を受けて阻止されたわけだが。
あの時もその後も、ついでに言えばさっきのアレも、全力とは言わないが特に手加減しようともせずに放った二人の攻撃だ。普通なら一ヶ月やそこらは立って歩くことすら出来ないはずと言うか、そうなったら付きっ切りで看病しようと目論んで攻撃しているにもかかわらず、大河はすぐに復活する。
まあさすがにトロルやヒドラのように切れた腕が自然に生えてきたりはしないが、ベリオあたりにヒーリングの呪文でもかけてもらえば数時間で活動可能になる。
さすが救世主と言うべきなのかもしれない。
「未亜、あなたたちの世界の人間って……」
「いや、お兄ちゃんが例外だから」
「そうよね、やっぱり」
そんなことを話した後に、リリィはその手に書物を取り、そしてただひたすらに、むさぼるように読み始めた。
その手にある書物はと言うと
『女性セ○ン』
『女性○身』
『週刊○性』
女性週刊誌だった。
それも、なんというか美容院のマガジンラックに突っ込んでありそうないかにもなやつ。
なんでそんな本がアヴァターにあるねんと聞かれたら、それは異世界から――つーかまあ、未亜と大河が育った地球の、そして当然日本から持ってきたからなわけだが。
どうやって持ってきたのかというと、イムニティに頼んだ。
元白の書の精霊であるイムニティはあの戦いの後、特に行くところも無いのでこのフローリア学園で生活している。
んでもって元マスターであるところの未亜と一緒にいることが結構多い。
実際に最後に契約したのは大河なので大河と一緒にいるべきでは無いかと思って尋ねてみたが、「アイツは目がやらしいから嫌」と一言で切って捨てられた。
その意見については一言言ってやりたいような気がしなくもないが、言っている事に間違いは無いし、これ以上大河の周りに女性が増えるのは好ましくないので放置。
まあさておきそんなわけで一緒にいるイムニティに『別世界からでも構わないから、助けになる書物を手に入れてきて』と頼んだところ、この女性週刊誌詰め合わせを渡されたと言うわけだ。
まあ確かに、ある意味間違ってはいないかも知れないが。
「でも、ねえ?」
思わずぼそりとそうもらして、自分も一冊の本を手にとってみる。
そして、各記事のタイトルだけを目に入れながらぱらぱらとめくる。
『人気俳優の○○さん、深夜の密会を激写!』
『陰惨な事件の裏に潜む 歪んだ教育現場』
『××・△△夫妻、とうとう破局!?』
……何だか懐かしい気分に浸れた。
あの日、未亜と大河がアヴァターに呼ばれた日から数ヶ月。
様々な出会いと別れを味わい、周囲の環境は大分様変わりしたものの、自分たちの故郷は変わらず平和らしい。
少なくとも女性週刊誌は何も変わっていない。
名前が出ている芸能人の中に知らない名前が結構あるぐらいだろうか。
そんなことを思いながら未亜が前を見ると、赤毛の主席魔法使いはそれはもう真剣に女性週刊誌を読んでいた。
その姿を見ていると自分ももうちょっと真剣に読むべきなのかと思わなくもないが、さすがにちょっとどうも。
でもまあさすがにここで何もせずにボーっとしているわけには行かない。
そう思って未亜もまた週刊誌を一冊手に取る。
一応さっきとは違う奴を。
『独占取材、○○さんの豪邸訪問』
『秘蔵映像、本誌独占掲載』
『対談、女の幸せとは』
本当に変わらない。
きっとあの時『破滅』に負けてアヴァターが滅んだとしても、世界が滅ぶその瞬間までこの手の雑誌は変わらなかったんじゃないだろうかと思いつつページをめくる。
って言うか、いっそこの本を口実に大河の部屋に行って、二人で遠く離れた故郷に思いを馳せる方がいいんじゃなかろうか。
そんなことを思いながらページをめくりつづける。
そしてそろそろページがつきる頃。
開運エステの紹介記事の向こうに、望むものは確かにあった。
「これよ!」
「な、何かあったの?」
思わず出してしまった大きな声にリリィが驚き目をぱちくりさせている中。
当真未亜は――救世主・当真大河の妹であり、白の書の主としてこのアヴァターに呼ばれた少女は、高らかに宣言した。
「待ってて、お兄ちゃん! もう浮気しようなんて気も起こらなくなるんだから!」
「いや、だから何よ」
「ふふ、ふふふふふふ」
頬の緩むのが止められないのか、未亜は笑い声を漏らしながらもリリィへとその手に持った週刊誌を手渡した。
「全く、何だってのよ一体」
ブツブツとそんなことを呟きながら、開かれていたページに目を落とすリリィ。
その表情は不満げだったが、その記事のタイトルを見た瞬間驚愕に彩られ、記事を読み進めるにつれて頬が緩み、読み終わるころには未亜と同じく、その口からは笑い声が漏れていた。
「ふふ、ふふふ」
「ふふ、ふふふふふ」
「「ふふふふふふふふふふふふ」」
昼下がりの学園長室。
普段であれば静寂に包まれたその部屋は、二人の女性の微妙に不気味っつーかどっちかというと悪役っぽい笑い声で満たされていた。
西の空に日が沈もうという頃。
俺――今朝方容赦なく吹き飛ばされて、割と真剣に生死の境をさまよった当真大河はフローリア学園の廊下を一人歩いていた。
学園長室に向かって。
ちなみに両足は死ぬほど重い。
いや、怪我自体はほとんど治ってるんだが、死ぬほど重い。
別にパワーアンクルをつけてフットワークを鍛えようとしているとかそういうことではなく、精神的に。
数分前になるだろうか、治癒魔法やら治療薬やらは施されたものの、さすがに即刻完全回復というわけにも行かずに医務室で寝ていた俺の元に一人の人物が訪れた。
「こんにちは、大河」
「……イムニティ?」
そう。沈む夕日を背に浴びて、なんだか中ボス登場みたいな風情で大河の元に現れたのは、イムニティだった。
いや、元破滅軍にいて実際中ボスだったわけだが。
「ええ。体の調子はどうかしら?」
「ああ、まあぼちぼちって感じだが」
「そう、それはよかったわね」
誰がどう聞いても社交辞令で聞いてきたイムニティに対して一応答えてみたが、やっぱりそっけなく流されるだけだった。
まあ、ここでイムニティが心配してうろたえて、かいがいしく世話とかしだしたりしたら嬉しいというより怖い気がするが。
「えーと、今日は未亜と一緒じゃないのか?」
「ええ。その未亜からちょっと言付けを頼まれたの」
「……」
イムニティと二人きりという状況は落ちつかなくて――いや、ドキドキするとかそういう艶っぽい話ではなくただ純粋に慣れない状況で落ちつかなかったので、共通の話題になりそうな未亜の話を出してみたのだが、どうも失敗だった気がする。
「『お兄ちゃん一人で学園長室まできて』だそうよ」
未亜の口真似をしながらそう告げるイムニティは、心の底から楽しそうだった。
「学園長室ってことは……」
「ええ、学園長様もいらっしゃったわよ」
イムニティは本当に楽しそうだった。
ちなみにここでいう学園長というのは、当然のごとく現学園長であるリリィのことを指す。
「ここはひとつ、体調不良のために本日欠席ということで」
「『大河がぐずったら逆召喚かけてもいいわよ』と言われているのだけど」
「……行ってきます」
そんなやり取りの後、着替えて医務室を出て三十分ぐらい。
重い足を引きずり、そこはかとなく回り道とかして先延ばしにしてみたんだが、特に突発的な事件事故は一切起きずに学園にたどり着いた。
ここまで来てしまうと、もうさすがに時間稼ぎする方法が思いつかないというか学園長室の扉見えてるし。
やむを得ないので、嫌がる体をズリズリ引きずる気分で学園長室に向かう。そして到着。
その間わずか四十八歩。
現実逃避する暇すらねえ。
まあ、ここまできたら覚悟を決めるしかない。
俺も男だ。
そしてリリィも未亜も、俺の女だ。
よし、気合が入って来た。
そうだ。リリィも未亜も、それにベリオもカエデもリコもナナシも俺の女だ。
経緯はさておき、皆同時に俺と付き合うことは納得したんだ。
俺は強気に出ていいはずだ。
「よし」
気がつけば猫背気味に鳴っていた背筋を伸ばし、しっかりと前を向いて心を決める。
俺は男だ。
このアヴァターの救世主、当真大河その人だ。
心を決めたら、あとは行動に移すだけ。
目の前にある、それはもう立派なドアに負けないようにしっかと立ち、拳を硬く握り締める。
そして力強く、中にもしっかり聞こえるように、コン、コンと扉をノックする。
「どうぞ」
部屋の中から気のせいかなんだか上機嫌な未亜の声を確認すると、俺は一気に扉を開けて中に入る。
そして未亜とリリィが何か言う前に、腹の底から息を吐き出すように声を出す。
「ごめんなさいもう浮気しないから勘弁してください」
そしてそのまま九十度お辞儀。
我ながら、謝るのは得意になった自信がある。なんたって、月一回は繰り返している恒例行事だしな!
今そこで情けないとか思った奴は、一度二人の集中攻撃受けてみやがれ。
めったにないと言うか俺を攻撃する時以外みたことは無いが、二人の連続攻撃は俺より張るかに上の破壊力を実現していると思う。いやマジで。
そんなことを考えつつも腰は折り曲げ、九十度お辞儀を維持しつつじっと待っているのだが何も起きない。
いつまでたっても糾弾の声とか攻撃とか、予想していたものは何一つ飛んでこない。
「お兄ちゃん、いつまでもそんなこと言ってないでこっち見てよ」
あまつさえそんな声までかけられた。
さっき、ドア越しに聞いた時にも思ったが、未亜の声は本当に上機嫌だった。
いやまあ、未亜だったら上機嫌ににっこり笑いながらジャスティ束ね射ちとかしてきそうではあるが。
「もう、お兄ちゃん?」
……ひょっとして、本当に機嫌いいんだろうか。
なんだか拗ねたような声出してるが、どうもそれは俺がいつまでたっても顔を上げないでいるからっぽく。
そうすると、いつまでもお辞儀をしている必要はない。
と言うかむしろその方が機嫌悪くなりそうである。
思い立ったら即断即決、そんな感じでがばりと俺が顔を上げると、
「じゃっじゃーん」
未亜がいた。
いや、そりゃまあ未亜の前で頭を下げて、そのまま動かず頭を上げたんだからそこには未亜が居て当然なんだが。
問題はそこではなく。
さっき「じゃっじゃーん」とか言ってついでにVサインまで出してる未亜の服装にあるわけで。
「何故にそんな格好を?」
そう。俺の目の前にいる未亜は、魔法使いのローブを着ていた。
と言うか見た感じリリィのローブ。
「自分では結構似合ってるんじゃないかと思ってるんだけど」
「いや、うん。確かに似合ってる」
思いのほか。
いや。ローブの下に着ているのはフローリア学園の制服で、それ自体は最近たまに見ているので特段目新しいとかそう言うことはないんだが。
でも、俺の答えを聞いた未亜が嬉しそうにくるりと回るたびにローブが翻って、その裾からちらちらと脚が見えてって、普段はそもそも隠してないわけなのだが!
チラリズムの魔力に俺の脳細胞が囚われていろんな神経が加速&ヒートアップって言うか落ち着け俺。
凄い満足そうな笑顔を浮かべる未亜の前で、呼吸を落ち着ける。
冷静に。
冷静に。
俺は当真大河。
今は夕方。
ここはフローリア学園。
ついでに言うなら学園長室。
わかりきった事を一つ一つ確認しなおし、心を少しずつ落ち着けていく。
「……よし」
まあ確かに今の未亜はとても新鮮で魅力的だがまず現状を把握……
「そういや、リリィは?」
「いるよ?」
ふと気づいた俺の問い掛けに、未亜はさも当然と言った感じでそう答える。
そりゃそうだろう。
未亜の着ているローブはどう見てもリリィから借りたものだし、未亜が一人で俺を呼び出すなら自分の部屋に呼ぶだろう。
未亜の部屋でもなく、そしてリリィの部屋でもなくこの学園長室に俺を呼んだと言うことは二人がいっしょにいることの証明なわけで。
「いや、どこに?」
証明なわけだが、いないんだからしょうがない。
俺に言われて未亜も始めて気がついたのか、ぐるりと部屋の中を見回した。
そして首をかしげる。
「……あれ?」
「いっしょにいたんじゃないのか?」
「うん。さっきまで一緒だったんだけど……」
未亜のその言葉が嘘だとは思えない。
表情を見ても、とても演技には見えないし。
更にさっきのイムニティの嬉しそうな表情。あれは間違いなく本心だった。
とは言ってもいないものはいない。
未亜も不思議そうな顔をしているが、状況は変わらない。
「ふむ」
見つからないならしょうがない。
「どこ行ったリリィ・シアフィールド《赤毛ツンデレ破壊魔女》」
「うるさいこの当間大河《種馬救世主》!」
どごす。
「ぐぁぁああぁぁ」
「お兄ちゃん!?」
俺の親愛の情を込めた呼びかけに、リリィは律儀に答えてくれた。
くそ重いクリスタルガラス製の灰皿を俺のこめかみ目掛けて高速でなげつけつつ。
そして狙いたがわず灰皿は直撃と言うか超痛い。
「痛ぇじゃねえかこのリリィ・シアフィールド《暴力学園長》!」
「あんたの言い方が悪いんでしょこの当真大河《女の敵》!」
「それはおま……」
『お前が出てこないから悪いんだろうが、と続けようと思った俺の口は固まった。
いや、口はおろかひょっとしたら声帯まで止まったんじゃないかっていうか、もう何ていうか眼も見開いたまま視線を外すことも出来ずに、まるで石化したみたいに俺は硬直していた。
「……何よ」
ぱくぱく。
リリィの声を聞いてなんとか口は動いたが、まるで酸素不足の金魚みたいにパクパク開閉するしか出来なかった。
いやだって。
「悪い?」
何か自棄っぽく拗ねた声でそう言うリリィの服装は。
未亜が普段着ているあの制服なわけで。
何と言うかその。
新鮮と言うかその。
「じろじろ見るなっ!」
「無理だバカ」
明らかに照れ隠しで無理難題を言い放つリリィに、迷わず即答した。
「バカってなによ!」
「ああ、もういいから黙りやがれコンチクショウ」
いやもうなんていうか。
昔、偉い人がセーラー服は最後の武器だといったと言わないとかそんなことを聞いたことがある気がするが、もう何と言うかアレだ。破壊力バツグンという奴だ。
その服装に加えて、いつもは後ろで結い上げている髪も下ろしてストレートに。
かなりのイメージチェンジを行っているというのに、その脚に履いた黒いストッキングは脱ぐことなく。制服のミニスカとストッキングの間には向こうの世界で――そう、『絶対領域』と呼ばれた空間をと言うか理論なんかどうでもいい。
つうか解説する手間ももったいない。
俺は喰い入るように見るのに忙しいから邪魔するな。
邪魔したら泣かす。
「大河?」
「……」
「大河」
「……」
「大河!」
「ああもう、何だ一体! 邪魔したら泣かすって言っただろう!」
「そんな話聞いてないわよ!」
「……そうだったか?」
いかん、頭の中で考えてることと口に出したことの区別がつかなくなってきた。
よし、ここはクールに行こう。
クールに、クールに。
COOL、COOL、COOL!
クールがホットになりやがった。
作戦失敗、無理なものは無理です隊長。
「大河ってば!」
「ああもう、何だ一体」
人がせっかく冷静になろうと努力しているのに、目の前にいる瞬間湯沸しヤキモチ魔法使いはそんな努力をする気もないらしい。
しょうがないので俺は黙って言葉を待ってやる。
その間見るのをやめたりしやしないが。
そして数秒か数十秒か、ひょっとして数分かもしれないが今の俺にはどうでもよく、まさに視姦というのはこういうものだと言わんばかりにリリィの観賞に没頭していると、やっと口を開いてぼそりと言った。
「……で、感想は?」
「最高だな」
言った瞬間真赤になった。
うむ、予想して確信犯的に言ってみたが、ここまで反応が顕著だと嬉しくなってくる。
思わずにやけそうになる顔を必死に抑えていると、やがてリリィはまた問い掛けてくる。
「なによ、こういうの好きなの」
「そりゃまあ」
言った瞬間顔を背けた。
照れた顔を見られたくないのは良くわかるが、お前の向こうに鏡があるからその表情は丸見えだ。気づけよ元フローリア学園主席魔法使い。
いや、気づかれると面白くないのだが。
「じゃあ」
今日のリリィはよくがんばっている。
普段だったらもう陥落しているというのに――
「じゃあ、あの服とかきたらもっと嬉しい?」
そんなことを聞いてくる。
そしてその顔は記録更新でも狙ってるのかと思わんばかりに赤くなり、自分の発言に後悔するような、それでいて何かを期待するような……
いやでもすまん、何を言ってるのかよく解らない。
付き合いは結構長いと思うが、普段は制服ばかりだからリリィの私服なんぞほとんど見たことないし。
「あの服?」
「あの服よ!」
わからないので聞いてみたら怒られた。
よっぽど恥ずかしい服なのだろうか。
しかし、さっきも言った通り俺はリリィの私服なんぞほとんど見たことがないから見当が……
「え?」
一つだけ思い当たった。
いやでもまさか。
そう思ってリリィのほうを見返すと、それはもう赤って言うかなんかもうヤバいんじゃないかってぐらいに赤面したリリィはかすかに、だけどはっきりとうなずいた。
確信がある。
今、眼と眼で会話できた。
そう、リリィが言っている服は。
「この前のデートで買って貰った服よ」
そう、それはあの思い出の服。
黒いレザーの……ええいもうめんどくせぇ、平たく言うならボンテージな女王様服。
市街のブティックに入った時に、半分冗談で薦めたら何故か素直に試着して、あまりに似合っていたので俺も勢いで買ってやり、まあ当然その服を着て歩き回るわけにも行かず、タンスの肥やしになっているはずのあの服のことだ。
「いやあの、それは」
「嬉しいの、嬉しくないの?」
「いや勿論超うれしいですが」
まさか、いや待てそんなはずは。
でもまさか、この展開は。
リリィの発言を繋ぎ合わせ、その後の展開を推測すると、確かに一つの展開しか思いつかないのだが。
そんなはずはない。
あのリリィが、そんな提案を――
予測される未来を信じられず、疑心暗鬼にかられて思いをめぐらせていると。
リリィはとうとう口を開いた。
「着てあげても、いいわよ」
信じられなかった。
でもそれは嘘じゃなかった。
頬をつねったら痛かった。まさかそんなベタなことをすることになるとはこの当真大河の目をしてみても見抜けはせんかった。
だから落ち着け俺。
「見たい?」
リリィは自分が優位に立って若干落ちついたのか、表情に余裕を見せながら層問い掛けてくる。
こくこくこく。
それに対して俺はと言うと、なんかもうもういっぱいいっぱいで言葉を返すことすらできず、まるで壊れた水飲み鳥のように首を縦にふり続ける。
「もう浮気とかしない?」
「はい、それはもう間違いなく」
即答。
何かが頭の中で警告を発している気がするが、それを聞くわけには行かない。
男には、例え命をかけてでも決断しなければならない時がある。
そしてそういうチャンスは、大抵の場合二度は巡ってこない。
そう、きっと今がその時だ。
「神に誓って、他の女になんか目もくれませんよ絶対に」
神はこの前滅ぼした気もするが、そんなことは些細な問題だ。
少なくとも、あの服を着たリリィをじっくりと見れるのなら大抵の問題や危険なんぞ
「……へぇ?」
ぞくりと。
寒気を通り過ぎて、背筋に何かを縦に突き刺されたような感覚が走った.
「お兄ちゃん、リリィさんに服なんて買ってあげたんだ」
あ、やべぇ。
気づいた時には遅かった。
そうだ。思わずリリィの高破壊力の連続に気を取られていたが、この部屋には未亜がいたんだ。
「いやあのな」
「大丈夫」
慌てて弁解しようとする俺に対し、未亜はにっこりと微笑んだ。
「『他の女になんか眼もくれない』んでしょう?」
知れはもうにっこりと微笑んで、いつの間にやら呼び出したジャスティに光の矢を番えてキリキリと引き絞る。
「やっぱり、自分のことは自分で片付けなきゃ駄目だよね」
「いや未亜さん何を」
何をと聞くまでもない気がすが、とりあえずこのアヴァターと学園の平和と俺の命のために未亜をなだめようとする俺の言葉を遮ったのは、リリィの声だった。
「へぇ?」
その声は勝利を確信した者の声で、敗者を見下す声だった。
「女の魅力で敵わないからって、次は実力行使ってことかしら」
そしてその右手にはライテウス。
魔力を込めた手袋の回りには、ばちばちと音をたてて紫電が舞い踊る。
「服を交換しようって言ったのは貴方の提案だったわよね。自分に都合が悪くなったからと言って、すぐに暴力に訴えるのはどうかと思うんだけど」
「リリィさんだって、『交換してみるだけ』って約束だったのに別の武器まで用意してるなんて。ちょっと根性汚すぎるんじゃ無いかしら」
嫌な予感がする。
いや、予感というには確率が高すぎるから、もはや確信と言っても間違い無い気もするが。
「二人とも、落ちついて」
「表に出ろなんて言わないわ」
「やっぱり、貴方と手を組むってのが土台無理だったのよね」
「嫌だから人の話を」
俺は頑張る。
なんたって俺は救世主だ。神だって倒したんだ。
そんな俺に出来ないことなんて。
「ジャスティ!」
「ライテウス!」
リリィと未亜の喧嘩の仲裁ぐらいしかありはしない。
二人の放った流れ弾と、戦いの余波による爆発やら高熱やらのダメージを受けて意識が遠くなりながら、俺はそんなことを再確認していた。
おまけ
気がつくと、俺は医務室にいた。
「貴方、バカでしょう」
「バカバカ言うな。これでも救世主だぞ」
「……その怪我、治さなくてもいいのかしら?」
「すいません、お願いします」
そしてなんでかよく解らないが、俺の看護をしてくれているのはイムニティ。
あの戦いがどうなったのかは知らないが、とりあえず俺はイムニティに救助されたらしい。
「で、ベリオは?」
「いないわよ」
「……それじゃあ治らないじゃねえか」
イムニティも多少は治癒の心得があるだろうが、ここまで大きな怪我を直せるとは思わない。
自慢じゃないが、自分のダメージを把握する能力に関してはこのアヴァター一である自信がある。なんたって怪我するのに慣れてるからな。
だから俺は素直にそう言ってやったのだが、イムニティはくすりと笑って答えを返す。
「一つだけ方法があるわ」
「……どんな?」
「異世界の方法なんだけど……互いの体液を交換させることで治癒能力を活性化させる『感応法』という術があるの」
「……えーと、『体液の交換』というのはつまり」
「お嫌かしら」
「是非お願いします」
そして確かに、俺の傷は三十分後には完治した。
「納得するかバカァ!」
「少しは懲りなさいっ!」
「うぎゃぁー!」
そして歴史は繰り返す。
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