夢の合間の合間




「いいですか」

威厳のあるその声に、異議なーし、とか、はーい、と賛意を示す声が挙がった。しかもなんだか楽しそうに聞こえるのは俺の気のせいだろうか。

「では着席」

続いて聞こえてくるガタガタという音は、みんなが席に着く音だ。
すでに座っている、いや──座らされている俺とみんなの目線がようやく合う。
見つめれば目をそらすくせに、外れるとすぐに視線が俺に集中する。

「…………はあ」

ひい、ふう、みい……。
見慣れた顔が並ぶ目の前の光景に、思わずため息をついて呟く。

「いったい何なの、これ?」

「──それでは開廷しまーす」

なんだかとても嬉しそうなその声に、俺の呟きはかき消されたのだった。





それはとある日のこと。
いつものように嬉しい悲鳴とはかくあるべきといわんばかりの、目まぐるしい忙しさも閉店と共に終わりを告げ、今日の片づけも終わろうかというころだった。

念のため再度帳簿を確認していた俺──高村仁──は、着替えを終えて休憩室から出てきた由飛と明日香ちゃんに、座っていた椅子ごとおもむろに縛り付けられたのだ。

何が起きたのか、と呆然とする俺を尻目に、ファミーユのフロアにはあれよあれよという間に人が増えていく。
ファミーユの仲間はもちろんとして、なぜか隣のキュリオのスタッフまで揃っているあたりがさらに混乱に拍車をかけ、もはや完全に思考停止した俺は、なぜか場を仕切り始めるキュリオのチーフ様をぼうっと見ているだけしかできなかった。

──で、冒頭につながるわけだ。



「さて、そういうわけで仁くんの──」

「ちょっと待ったっー!」

「なにー?」

俺の正面──、
なぜかおたまと鍋を手にしているかすりさんが無邪気に聞いてきた。
だから俺も問い返す。

「これ、なんなのさ」

そしていまさら何を言っているのか、という顔で即回答。

「だから、裁判」

「誰の?」

「仁くんの」

「なんで?」

「それは──ねえ?」

小首をかしげて周りを見渡すと、皆一様に頷く。
なんだ? わかってないのは俺だけか!?

視線をやっても、一同、座ったまま動きやしない。
もちろん、俺は縛られたまま解放される様子もない。

はあ……。
これは……最後まで付き合ってやるしかないんだろうか。
とりあえず適当に合わせることにしよう。
……あきらめただけともいうけどな。

「あーもう、わかったよ裁判だな、裁判なんだな」

「そうそう」

ヤケっぱちぎみに叫ぶ俺を見て、嬉しそうにかすりさんが微笑む。
くそう、明日は覚えてろよう。

改めて周囲を見回す。
これが裁判だというのなら……、
と考えて、右を向く。
案の定、立っているのは──、

「なるほど花鳥か」

「かとっ……。検事と呼びなさい」

うわ、なんか知らないけど怒ってる。

「……それで、かすりさんが?」

「はいはーい、静粛に静粛に!」

「裁判長、と」

カンカンカンカンと、ハンマー代わりにおたまを鳴らしている辺り、単にあれがやりたかっただけじゃないのかって気もするが。

まあいいや、
そして左手には……、

「──っておい!?」

「うるさいわね、みっともないわよ」

「あのさ」

顔をしかめてそう言う花鳥に問う。

「……なによ」

「俺の弁護人は?」

「そんなのいないわよ」

「なにゆえっ!?」

なんだ、そんなことかとあっさりと返事を返す花鳥に、言葉をなくす。
なんじゃ、そりゃ。

「あんた、まさか弁護してもらえると思ってんじゃないでしょうね」

「当たり前だ! そんな裁判あるか!」

弁護人がいなくて、どうやって弁護すんだよ。

「高村仁」

「…なんだよ」

「それ以上の発言は法廷侮辱罪とみなしますからね」

「この裁判自体が法廷を侮辱していると思うんだが」

「なにか?」

「いいや?」

「………………」

「………………」


カンカンカンカン!

「あーもう、早く始めようよ」

にらみ合う俺と花鳥に業を煮やしたのか、自称裁判長様が促す。
埒があかないと思ったのか、花鳥も肩をすくめて頷き、俺も正面へと視線を戻す。もう、とにかく何でもいいからさっさと終わって欲しいからな。

カンカン!

カンカン!

──しかしかすりさん。
やっぱりあなた……、それ叩きたいだけでしょう?





◇◇◇





「では検事、被告の罪状に関して述べてください」

「はい」

かすりさんの仰々しい物言いに、花鳥が返事をする。
きっとこっちを睨みつける視線は、どことなくいつもより厳しい……気がする。

しかし、罪状?
罪状って?
なにかしたか、俺?

で。

「被告、高村仁は、風紀を著しく乱す行為を為しています。故に検察側は被告を罰すべきであると主張いたします」

「なんだ、そりゃ……」

脱力する。
まったくもって身に覚えのない話だ。
そもそも風紀っていわれてもなあ。
周りのお店に迷惑になるようなことはしてないし。
だから──、

「じゃ、それで」

「──って、ちょっと待った!」

「なにそれ? 『じゃ、それで』って、なに!?」

ひょっとしてそのまま判決のつもりだったろ、今。

「だって、弁護人いないし。いなきゃ、判決出して終わりでしょう?」

「それ裁判違う、絶対違う」

「大丈夫だって。仮に冤罪でもあきらめるだけでいいから」

「あきらめられるかっ!」

「もーわがままだなあ、仁君は」

「高村、勝手に発言しない」

………………。
お前ら、それはこっちのセリフだと声を大にして言いたい。
それはともかく、このままだとロクな事にならない(もう十分ロクでもないが)のはよーくわかった。
そっちがその気なら、

「もう、いい」

「あ、いいの? んじゃ、はんけ──」

「そうじゃなくて!」

油断も隙もねえ。

「俺やるから。自分で弁護やるから」

「あ、そう」

「好きにしなさい」

──ああ、もう。お前ら、しまいにゃ泣くぞ!?

いっそごめんなさいと平謝りし始めようかとも思ったが、そんなことしたらどういう結果になるのか後が怖いのでやめておく。
気を取り直して、

「というわけで、だ」

すうっ、と息を大きく吸って叫ぶ。

「俺は無実だ! 風紀云々なんて事実無根だ!」

一片の曇りもない真摯な俺の発言に、みんな感動してさっさと解放──、

「へえ?」

あ、今花鳥のやつ笑った。
すごくやな感じに笑った。

「被告はあくまで無実を主張すると?」

「あ、ああ……」

なんだろう、なにもしてないと胸を張って言えるのに、背筋に走るこの悪寒は。

「では証人、前へ」

──証人?

「はーい」

「由飛?」

無意識に口を出た俺の声に反応した由飛は、悲しそうにこっちを見ると、視線をそらして口を開いた。

「あのね、仁は……」





その後続いた由飛の話は、おれにとっては寝耳に水もいいところだった。
彼女が言うには、俺と彼女はすでに恋人同士であり、つまり、その──体の関係もあるわけで。にもかかわらず最近は急に冷たくなったと。
つまりはそういうことらしい。

誓って言うが、俺にはそんな記憶はまったくない。
確かに由飛にそれなりに好意を抱いてはいるが、それも同じ店の仲間としての範疇だ……と思うんだけど。

しかしあれだ。
まったく身に覚えのない自分の罪を聞かされるというのは(しかも縛られた格好で大勢に囲まれて)、実に怖い。
なんというか、『間違っているのは自分の方なんじゃないか』という気がしてくるのだ。

そして、それもそうだが、さらに怖いのは周りだ。
てっきり俺は誰かの企んだイベント──それも俺だけ特別サプライズな感じの──だと思っていたんだが、由飛のトンデモ発言が終わっても、誰もが茶化すでもなく沈黙を保っている。姉さんですら黙っている。
約一名、いつも通りの笑顔でのんびり見物しているおっさんもいたが。

ここに来てようやく俺は、自分がいかにマズイ立場にいるのか認識した。
どうやらこれはいたずらではないらしい。
由飛の話は本当に起こったこと──少なくとも俺以外には──であるらしい。

そのうち「どう、仁? 少しは吃驚した?」とか、「ごめんねー仁くん」なんて言って、笑って助けてくれるであろうと思っていた里伽子も姉さんも、助けてくれないのは当然だろう。
っていうか、

「ひいっ!」

二人ともこっち睨んでるし。
さっきから一言も言わないで見ているだけなのが余計に怖いし。

もう、額にはびっしりと冷汗。
背中には理由もなくざわざわと悪寒。
生きた心地もしないというのがどういうものかよくわかった。

そんなわけで俺の気分はすでに最悪だったわけだが、運命の女神様というのは『やる時は徹底的に』とかそんな感じのスローガンでも作っていたらしい。
この時点での俺の認識なんて全然甘かったのだ。


「では次の証人──」

「──へ?」

しんと静まりかえる店内に響く声。席を立つ音。そしてまた、──声。





小一時間も過ぎた頃には、俺はもう、ぐうの音も出ない状態になっていた。
なにせ次から次へと出てくるのだ、“証言“とやらが。

曰く──、

「じゃあ、すぐ教えて? キス、教えて?」

──だの、

「あーんもう、ラブなの、好きよ、仁く?んッ!」

──だのと。


つまり、みんなの“証言”とやらをまとめると、俺、高村仁はファミーユのスタッフ全員(プラス里伽子とおまけに花鳥もだ)を口説き落としていた、ということらしい。

情けないのを承知で言うが、俺にそんなに器用な真似ができるわけがない。
そもそもそんな状況、恐ろしすぎて想像するだけでも恐ろしい。甲斐性なしと笑うなら笑ってもいい。
俺の周りにいる子は確かにレベルが高いが、高いのは容姿だけではないのだ。

実際、むしろ俺そっちのけで向こうに集まって、何の相談してるんだかひそひそやってるし。
まあ、ケンカしているような感じではないのは、自称ならぬ他称“加害者“ながらも、ホッとする。

しかしいったい何なんだ。
俺がいったい何をした。
なんだか誰かの罠にかかっているような気がする。
もう逃げられない、という感覚。
例えるなら食虫植物とか蜘蛛の前で、熟睡してしまっていたような。

頭を抱えてうんうんとうなり出す俺に、

「仁君、早く認めちゃおうよ?」

「そうですよ?」

すっとぼけた顔で、傍聴席のライバル店店長とピンク色の髪をしたスタッフが言い、

「だから俺は無実ですってば……」

げんなりした顔でとりあえず答える。
この人達はホントに面白ければそれでいいんだなあ……。

「でもほら、とりあえずどれかの罪を認めちゃえば、解放されるわけでしょ」

「誰を選ぶんですかねえ」

「いっそ全部認めてハーレムかな?」

「うっわ、やるぅ高村さん」

「頼むからあんたらはもう黙ってて!」

もうツッコミと言うよりも懇願に近かった。

──その時だった。
恐ろしい一言が聞こえてきたのは。

「あ、じゃあ当番制にしようよ」

さっきから向こうで話し合っていた“被害者”一同の中からとりわけ響く声。

「みんなで仁を独り占めできる日を決めるの。ほら、これで解決だよー」

由飛、お前なあ……。
いくらなんでも──

「あ、それいいかも」

「さんせーい!」

「あ、わたしもわたしもー」

「じゃあ水曜日が……」


「お前ら、ちょっと待てー!」










◇◇◇◇◇◇◇










「──という夢を見たんだけどな?」

「へえ?」

あ、怒ってる怒ってる。

「それはそれはモテモテで、実にうらやましいわねえ。……高村店長?」

高村店長。
うわ、そう来たか。
プラスして、こめかみとか眉がぴくぴく動いているあたりが、実に怒りの深さを物語っている。
あー。だから言いたくなかったのにな。

とはいえ、「控訴だー!」と叫ぶ俺の声で起こされたんだと、頬をふくらます玲愛に逆らえるはずもない。
最近は何か適当にごまかそうとしても、すぐ見抜くしなあ、玲愛のやつ。

だが、次の彼女のセリフは、俺が予想していたのとはちょっとだけ違った。

「そもそもなんで私が検事なのよ?」

「いや、適任だろう、それ」

性格といい、普段の言動からして。

「どーいう意味よ! それ!」

「だから今の言動と行動そのままだってーの!」

具体例を挙げるなら、ガクガクと俺を揺さぶるその手だよ、手!

「……もう!」

あ、拗ねた。
これは後引くなあ……。
でもそっぽを向く顔もまた、かわいいんだよな玲愛は……、

──って、いかんいかん、俺はノーマルだ。変な性癖なんて、ないない。

「ふん!」

そんな、ぶんぶんと首を振る俺を一別すると、玲愛は俺とわざとぎりぎりすれ違うようにして玄関に向かう。

「……私はいつでも仁の味方なのに」

「……いま、なんか言った?」

「べ・つ・に!」

なんなんだ、いったい。
まあ、今に始まったことじゃないけど。
口の中だけでぶつくさ言いながら、彼女に続いて外に出て、扉を閉める。

「ほら、遅れるから早くしなさい!」

「はいはい」

戸締まりを確認して顔を上げれば、玲愛はすでにエレベータの前まで移動して、両手を後に組んで、こっちをじっと見つめて待っている。
そして呼ぶ名前はもちろん──、

「仁!」

「うん?」

「バーカ」

そんなセリフとは裏腹に、笑う玲愛。

その笑顔はいつものようにきれいで、かわいくて、ただただ愛しくて。


「──いってきます」

振り返って『俺たちの部屋』に挨拶をすると、
俺は最愛の人に追いつくために走り出したのだった。





作者コメント


最初に頭に浮かんだのは、共通BAD後の仁がなぜかそれぞれのルートに進んだ状態のヒロイン達に囲まれておたおたするというネタでした。
が、それだけじゃパンチが足りないなーと思っていたところで、たまたまつけたテレビで某海外の弁護士事務所ドラマがやってまして。ついでに手の中に逆転裁判の刺さったニンテンドーDSがあったのが、こんなトンデモ話の始まりでした。

本当はそれだけで適当にオチをつけて終わらすつもりだったんですが、確認もかねて本編再プレイしている内に、気がついたら夢オチにして玲愛の話にとつなげてしまいました。恐るべし、玲愛。
もう勢いだけで書いてますね、ホント。

Written by el