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            「(ぼりぼり、ぱくぱく)」 
「・・・・」 
「(ぼりぼり、ぱくぱく)」 
「・・・あの失礼ですが、川端瑞奈さん」 
「なんですか?花鳥玲愛さん」 
「まことに失礼なんですが、引っ越しの手伝いもせずに、ただごろごろしてるだけだったら、出て行っていただけませんこと?私の部屋から」 
「あ、私は全然気になりませんから、おかまいなく」 
「私が気にするのっ。ほら、そこ、掃除機が通らないっ」 
「(ぽりぽり、ぱくぱく、ごろごろ)」 
「・・・ねえ、年頃の娘が床の上をごろごろ転がりながら移動するっての、どうかと思わない?」 
「だいじょうぶよ。玲愛の部屋、きれいだもん」 
「はあ・・・だいたいこんな天気のいいお休みの日に、若い娘が部屋の中に閉じこもってポテチ食べながらごろごろしてるなんて・・・」 
「でもさあ、店長言ってたじゃない。この部屋って本店から次の人間が来るまで空いてるから、それまで使っていいって。だったらそんなに急いで引っ越す必要無いじゃない?」 
「そう言うわけにはいかないわよ。ただでさえキュリオに迷惑かけちゃってるんだから」 
「あいかわらず堅いわねえ。玲愛ってまだ一ヶ月はキュリオにいるんでしょ?そのあいだは堂々と使えるってもんよ」 
「それはまあ・・・そうだけどさ」 
「だいたい引っ越しって言ったって、歩いて10歩も離れてないのに。それでもそんな荷造りが必要なのか、私としましてははなはだ疑問なんだけど」 
「それは・・・ほら、こうしないと引っ越しって感じが出ないし」 
「・・・私さあ、玲愛が本当に常識人なのかどうか、ときどき確信保てなくなることがあるよ」 
「いいのよ!これは気持ちの区切りをつけるために必要なの!それに、ほら、こっちの荷物は実家に送り返すのだし」 
「あ、そうだ。私がこっちの部屋に移ってこようかなあ」 
「はあ?なんでよ」 
「だって、となりの部屋なら部屋の中の音が良く聞こえる・・・痛い痛いっ!!ちょっとっ!、玲愛っ!!、本当に関節決まってるってばっ!!」 
「・・・まったく」 
「ゲホゲホ・・・ちょっとっ、あんた、いったいどこでそんなプロレス技憶えたのよっ」 
「ほら、そのポテチ持ってっていいから、出て行きなさいよ」 
「はあ、男ができると女友達って冷たくなるって言うけど、本当にそうなんだなあ」 
「・・・無視無視」 
 
「(ぼりぼり、ぱくぱく)」 
「・・・・」 
「(ぼりぼり、ぱくぱく)」 
「・・・あの、川端瑞奈さん?」 
「なんですか?花鳥玲愛さん」 
「まことに恐縮なんですが、夕食の準備を始めたいので出て行っていただけませんか?」 
「なんで?いいじゃない。ここで寝てるだけなら邪魔じゃないでしょ?」 
「そうじゃなくて・・・その、この部屋閉めたいんだけど」 
「・・・あ、そうか。つまり愛する高村店長の夕飯を作るためにとなりの部屋に行くからこの部屋を閉めたい。だから私に出て行け。と、こういうわけね?」 
「・・・」 
「はいはい。そんな顔でにらまなくても出て行きますよ。はあ」 
「・・・まったく」 
「じゃ、二人でおしあわせに」 
「はいはい。じゃあね」 
「だけどさ、玲愛」 
「今度は何よ!!」 
「ファミーユのメンバーって、一癖も二癖もある人ばかりみたいだよね」 
「だから何よ」 
「このまますんなり行くとは思えないんだなあ。私としては」 
「う・・・」 
「じゃあね。また明日ね。ばいばい」 
「うぅ・・・」 
バタン 
「あ・・・ほんっとに瑞奈ったら、よけいなこと言うだけ言ってっ!・・・でも・・・ファミーユか・・・」 
 
 
 
「やっぱ、玲愛の肉じゃがっておいしいよな」 
「そう?ありがと」 
「ダシがちゃんと取ってあると味が違うよな。うん。(ぱくぱく、がつがつ)」 
「(もぐもぐ)」 
「(ぱくぱく、がつがつ)」 
「・・・」 
 
コトン 
 
「ん?どうした。もうごちそうさまか?まだ残ってるじゃないか」 
「あの・・・さ」 
「ん?」 
「私・・・ファミーユでもちゃんとやっていけるかな?」 
「はあ?だってキュリオであれだけやってたじゃないか」 
「ううん。仕事のことは心配してないよ」 
「じゃ、何が心配なんだ?」 
「うん・・・」 
「あ、人間関係だったら心配ないぞ。みんないい人ばかりだって・・・まあ、たぶん、ほとんどの場合において」 
「・・・もう、頼りないなあ」 
「だいじょうぶ。俺が付いてる」 
「・・・だから頼りないんじゃない」 
「き、きさま!言ってはならんことを!!」 
「・・・あのさ、となり行ってもいい?」 
「はあ?こ、こら。お椀がこぼれるって!」 
「ねえ・・・ファミーユのみんなとひとしって、付き合い長いよね」 
「まあ・・・そうだな」 
「いちばん短い由飛姉さんだって、私よりは長いよね」 
「いや、ブリックモール開店のときからだから一緒だろ?」 
「でも一緒にいた時間は姉さんのほうが長いよね」 
「何が言いたいんだ?」 
「・・・最近さあ、自分でも驚くんだよ。私ってこんなに嫉妬深かったのかって」 
「はあ?」 
「だから・・・私の前で、ファミーユのみんなと仲良くしないでよ・・・」 
「あのなあ。そんなこと、できるわけないだろ」 
「あは。そうだよね。私、なに言ってんだろ・・・」 
「一応、俺は店長なんだから、店の中のみんなとは・・・」 
「だいたいね!ひとしが悪いんだよ!」 
「へ?何を突然・・・」 
「ひとしが優柔不断で八方美人だから!だから心配になるんじゃない!!」 
「あのなあ・・・」 
「あ・・・ご、ごめん・・・」 
「・・・なあ、初めて二人でファミーユ本店の跡地に行った日のさ、前の日の夜のこと憶えてるか?」 
「・・・忘れるわけ無いよ」 
「あのときに思ったんだ。おまえに二度とこんな顔させちゃいけないって」 
「はあ?だってあのとき、ベランダで仕切り板越しにしか話してないじゃない。顔見てないよ」 
「俺には見えたんだ」 
「ちょ、ちょっと!まさか隠しカメラとかで・・・」 
「おまえなあ・・・そうじゃなくて、声を聞いていればどんな顔してるかくらい想像できたんだよ」 
「・・・」 
「おまえに二度とあんな顔させない。それが俺の中での、いちばんの優先事項ってやつだ」 
「・・・うん」 
「安心したか?」 
「・・・ちょっとね」 
「ちょっとかよ!」 
「来月までに・・・ファミーユに移籍するまでに、もっと安心させてよ」 
「・・・まったく。ほら、せっかくの肉じゃがが冷めちまうぞ」 
「ん。そうだね」 
「それからな、あの約束、まだ生きてるからな」 
「え?」 
「二人で思いっきり苦労しようぜっていうやつ」 
「うん」 
「だからファミーユでの苦労も二人でするんだぞ」 
「・・・私の心配の当事者が言うかなあ・・・」 
 
 
・・・・・ 
 
 
そして、一ヶ月後。 
その朝は、いつもと違って二人とも口数が少なかった。 
 
二人でもくもくと朝食を食べ、そのあと仁は食器を片付け、その間に玲愛は鏡に向かった。 
鏡に向かうと言っても、玲愛の場合は薄くアイラインを引いてリップクリームを塗って、日差しの強い日は日焼け止めを塗るくらいである。本人曰く「肌が弱いからあまり化粧できない」ということだった。もっとも仁に言わせると「それ以上の化粧は周りの女の子に対する冒涜だ」ということになる。 
 
そのまま二人でマンションを出てブリックモールに向かった。途中の駅前を通り過ぎるとき、玲愛がため息をついた。 
「はあ」 
「何ため息ついてんだよ」 
「あ、ごめん」 
「他の人に言っても信じてもらえないだろうなあ。玲愛って本当はガラスの心臓ですって」 
「・・・他の人になんか言わなくていいの!」 
「言わないけどさ。・・・ほら」 
「うん」 
玲愛は、仁が差し出した手を握った。その手を軽く引っ張るようにして、仁は歩き始めた。 
 
「だいじょうぶだって。俺が付いてるだろ。だから、おまえは自然にしてればいいの!そんなに肩に力を入れなくあっ!!」 
最後の「あっ」と同時に仁は歩道のブロックの継ぎ目につまずき、そのままばったりと倒れた。 
「・・・痛い・・・」 
「はあ・・・ほんと、頼りないなあ・・・ほら、ハンカチ」 
「・・・あのな、玲愛」 
「なに?」 
「俺がさ、二回、床を蹴るから」 
「え?」 
「それが、玲愛、がんばれ。っていう、俺からの合図」 
「・・・ん。わかった」 
 
 
 
「えーと、じゃあ朝礼をはじめます」 
 
仁の言葉にファミーユの面々が並んだ。皆の顔はいつもと違い、これから起こることに興味津々という感じだった。 
 
「えーと、今日から明日香ちゃんが受験勉強のためお休みに入ります。夕方が忙しくなりますけどお願いします。それから、えーと、由飛も昼間の勤務は今週いっぱいだったよな?」 
「うん、来週から大学の講義が始まるからね」 
「えーと、そんなわけでフロアがますます忙しくなりますので、新しい仲間を迎えることになりました」 
「あれー?まるで人手不足を解消するために雇ったみたいなこと言うねえ」 
「えへん。静かに。・・かすりさん、人手不足解消のために雇ったんですが、なにか?」 
「ねえねえ、かすりちゃん」 
「なんですか?恵麻さん」 
「そこを突っ込みはじめると話が進まないから、そう言うことにしておいてあげようよ」 
「そうですね。あまりひとしくんいじめると、かわいそうだし」 
 
「まったく・・・。では、新しい仲間を紹介・・・する前に。すみませんがファミーユの関係者でない方は出て行っていただけませんか?」 
「えー?いつもの事なのにー」 
 
口をとがらせて文句を言う板橋店長に、仁が言った。 
 
「・・・板橋店長。自分のところの朝礼はいいんですか?」 
「ああ、それならだいじょうぶ。みんなこっちに来ることになってるから」 
「はあ?」 
 
仁が言うのとほぼ同時にファミーユの入り口のドアが開けられた。 
 
「おはようございます」 
「おじゃましまーす」 
「・・・長谷川さんに芳美ちゃんまで・・・板橋店長。そちらの開店準備はどうなってるんですか?」 
「ああ、とりあえずバイトの娘達が進めてるけど。でもバイトに任せっきりというわけにもいかないからさ、早く紹介してよ」 
「でしたら、今すぐお引き取りいただければと思いますが?」 
「えー?仁君、君とボクの仲なのに、冷たいんじゃないのー?」 
 
板橋店長が文句を言っている最中、ふたたびファミーユの入り口のドアが開けられた。 
 
「やっほー」 
「え?川端さん?あの、ブリックモールはきのうまでで、今日から本店に帰ったんじゃ・・・」 
「ええ。今日は移動日なんですよ。もう少ししたらこっちを出なくちゃいけないから、早く紹介してくれませんか?」 
「・・・店長が店長なら、店員も店員ですね・・・」 
「はい?えーと、何のことですか?」 
「ところで・・・川端さんの持っているものは何でしょうか?」 
「え?あ、お気遣い無く」 
「私の見たところその紙袋からはみ出しているものは、パーティーバズーガと呼ばれる物体で、後ろに出ているひもを引っ張ると大音響とともにおびただしい紙吹雪やら紙テープやらをまき散らす、そのようなものと推察いたしますが?」 
「い、いやー、あははは」 
「・・・由飛、没収させていただきなさい」 
「はーい」 
「え、えー?ちょっと、由飛ちゃんー」 
 
瑞奈の抗議は無視され、あっさり武装解除が行われた。 
 
「ちょっとー、高村さん、横暴だー」 
 
瑞奈が、なおも抗議を続けながら、さりげなく芳美に近づいた。そして、芳美の制服のスカートの中に、背中側の死角から手を伸ばした。芳美はスカートの中に隠し持った紙袋の中から三角錐型の物体を3つ、すばやく後ろ手に瑞奈に渡した。その行為に気づいたものは誰もいなかった。 
「(ふっふっふ。油断させておいてから骨を断つ。キュリオを甘く見ない事ね)」 
得意満面の瑞奈と芳美は、顔を見合わせちょっと微笑んだ。 
 
 
仁は、もう一度深呼吸をすると、言葉を続けた。 
 
「えーと、では、新しい仲間を紹介します。花鳥玲愛君、こちらへ」 
「はい」 
 
仁が横に場所を空けると、玲愛が一歩前に歩み出た。 
横に移動した仁がふたたび正面に向き直るとき、かかとで二回、さりげなく床を蹴った。 
 
コンコン 
 
玲愛は、その音を聞いてちょっとだけ微笑んだ。 
そして、背筋を伸ばし、顔を正面に向け、まっすぐ前を見て、まぶしいほどの笑顔を浮かべながら、一言ずつ噛みしめるように、ゆっくりと言った。 
 
「花鳥玲愛です。今日からファミーユの仲間になります。よろしくお願いします」 
 
そして、玲愛のファミーユでの物語が始まった。 
 
             
 
 
 
             
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