海からの、潮風。
雲ひとつない、空。
あの時と同じ、どこまでも青い、青い空。
「紀ちゃん紀ちゃん、航くんどこいったか知らない?」
「航なら、今さっき帰ったわよ」
「ええ、本当に!?わかった、ありがと、紀ちゃん。また明日ね〜」
「はいはい、茜、また明日」
わたしは、鞄を引っつかむと、教室を飛び出す。
下駄箱まで走る。
急いで靴を履き替えると、また走り出す。
航くんに追いつくために。
階段を駆け下りる。
つぐみ寮は、この階段を下りて、もう一つの階段を上ったところにある。
今さっき帰ったなら、つぐみ寮に着くまでに追いつけそうね。
──航くん。
小さい頃、わたしと友達になった。
わたしと一緒に遊んだ。
今思えば、あの頃から好きだったのかもしれない。
そして、あの日。
島から引っ越すことが決まった。
わたしは航くんの前で泣いていた。
悲しくて。
あえなくなるから。
悲しくて。
もうあえなくなると思ったから。
そんなわたしを、航くんは困ったように眺めている。
わかってる。
わたしがそんな顔をさせてるんだ。
わたしが、泣いたままだから。
でも、やっぱり。
悲しくて。
あえなくなるから。
悲しくて。
もうあえなくなると思ったから。
涙は止まらなかった。
航くんが、口を開いた。
「会えるよ…お前が、島に戻ってきたら、また会える」
「えぐっ、ほ、ほんと?」
「約束、しろよ…戻ってくるって」
「ぐすっ…うん、約束、する…」
「よし。じゃあ次…なきやめ」
「えぐ、うっうっ、ぐす」
「泣きやんだら…いいものやるから。だから、泣きやめよぅ」
「ぐすっ、いいもの、って、なに?」
「いいものは、いいものなんだよ…おれたちが、ぜったいに、もう一度会えるっていう…」
その後、航くんはあの石をくれた。
赤くて、小さな、大切な石を。
それからわたしは、その石を手放したことはなかった。
だって、約束したから。
また戻る、って。
言ってくれたから。
ぜったいに、もう一度会えるって。
そして、わたしは島に戻ってきた。
航くんと、もう一度会えた。
この石のおかげだと思う。
本当は、ただの偶然なんだろう。
それでも、わたしはこの石のおかげだって信じてる。
この石のおかげで、約束、破らずにすんだ。
だけど、まだ約束のすべては果たせてない。
だって、航くんはわたしのこと覚えてないから。
航くんと「わたし」は、まだ会えてない。
それに、夏祭りで、お兄ちゃんが言ってたから。
「離れ離れになった恋人たちを、再び巡り逢わせるから"逢わせ石"ってね」
航くんはそこまで考えてなかったと思う。
だけど、わたしは逢わせ石のことを信じてる。
だって、航くんにもう一度逢わせてくれたから。
だって、わたしは航くんのことが、好きだから。
階段を下りきる。
もう一つの階段を見上げる。
背中が見える。
航くんの、背中が。
石に、目を向ける。
石を、握り締める。
顔をあげる。
階段を上る。
「航君航くんわったるく〜ん」
急がずに、行こう。
急がなくたって、大丈夫。
だって。
あの時の約束は、まだ続いてるから──。
海からの、潮風。
雲ひとつない、空。
あの時と同じ、どこまでも青い、青い空。
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