この夜空に約束を2

雅文が帰ったあと、俺は話し相手を求めてカウンターに移動した。

「よ、マスター」
「おう、航、まだ帰らないのか?」
「それ客に言う台詞か?」
「お客様、大変失礼ですが、当店では未成年者は・・・」
「あ、大丈夫。俺、20歳、ちょっとシスコンだけど、まだ童貞の・・・」
「ま、どーでもいいがな」

この島、こんなんでいいんだろうか。
ちなみにマスターは隆史さんより、自称2歳くらい若い。だが、その物腰や強面からはそれを信じることはできない。
どう見ても渋い30代のヤクザにしか見えない。

「連れのアイツ、良い彼女をもったみたいだな」
「へ?紀子のこと?違う違う、あいつらはそんな色気のある関係じゃねーよ」
「・・・そうかい。お前の方はどうなんだ?浮いた話の一つでもあるのか?そういや、こないだゴローさんが」
「ウソウソ。なんもねーよ」
「なんもか」
「なんもだ」
「そうか。つまんねぇ青春だな」

そういわれると、なにか面白くないというか、腹が立つというか。

「そういえば、澄江さんから聞いたよ。この店の名前ってマスターの初恋の人の名前から取ってるらしいじゃん」
「んな?!」
「マスターはさぞ楽しい青春送ってきたんだろうなぁ」

仕返しに冷やかしてみる。少しは赤面するなり、恥ずかしがるなり、頬を染めるなりして・・・という予想に反して、
マスターはただ遠い目をして、こういった。

「そうだな。楽しかったな。この島に来る前に好きになった子で、かわいい子だった」

マスターは10年くらい前に島に越してきた。両親の離婚が原因で、母親に連れられて故郷に戻ってきたという話だ。
小さな島だ。この手の噂は、聞きたくなくても勝手に入ってくる。

「じいさんの遺言でな、自分の店には初恋の人の名前をつけるのが王道だそうだ。」

この店は去年マスターに引き継がれ、改装したばかりで、改装後、カジュアルな(?)店になって若い観光客も訪れやすくなった。
・・・前の店名は『はな』だったか。シブイじいさんが酒ついでくれたっけ・・・。店も繁盛して、きっとじいさんも草葉の陰で・・・

「いや、マスターのじいさん死んでないじゃん!ていうか『はな』って、もしかして・・・駄菓」
「航、くだらない詮索はやめよう。あの人達にも若いころはあったんだよ」

想像が広がっていく。やめよう。話を戻そう。

「そ、それでさ、マスターの初恋の人は外人だったの?なんかフランス人かイタリア人みたいな名前じゃない」
「いや、ただのアダ名だよ。でも見た目はほとんど外人でな、ハーフだかなんだかで金髪碧眼の美少女だった」
「へ〜」
「勉強も運動もなんでもできて、努力家で」
「じゃさ、付き合ったりしてたわけ?」
「バカ言え、その頃は小学生だぞ。好きな子に対してガキがやる行動は一つしかあるまい」
「いじめてたんだ」
「まあ、そんなとこだ。清楚で控えめ・・・とかなら、そんなことにゃならなかったろうが、意地っ張りで負けん気が強くてな。
んでアダ名で呼ぶと怒り狂うわけだ」
「ふーん。でも、それくらいならさ、初恋とまではいかないんじゃない?ただの仲のいい(?)女友達ってかんじで」
「ああ、そうだな。でもな、ある日な聞いちまったんだよ」
「何を?告白とか?」
「いや、そんなんじゃねぇよ」


  放課後。
  いつもどおりの帰り道だった。忘れ物に気づいて教室まで取りに帰ると音楽室からピアノの音がしたんだ。
  先生が弾いているのかと思った。普段なら気にも留めないことだったが、そのときはどうしたことか、
  それが気になって、つい音楽室を見に行った。
  そしたらよ、彼女がピアノを弾いてたんだ。指が流れるように動いて、夕日に照らされたそのカオは
  今までみたことない楽しそうな表情で。

  惹かれていった。
  時間を忘れるっていうコトバの意味を知った。
  子ども心に恋なんだって思った。

  毎日のように放課後は音楽室に行った。
  そして、バレないように聞いていた。彼女の奏でる音を。自慢じゃねぇが俺には音楽・芸術なんて今でも
  さっぱりわかんねぇ。でも彼女のピアノは良いと好きだと思ったんだ。

  そして2週間ぐらいたってバレた。彼女真っ赤になって怒っててな、俺は真っ青で逃げ出さんばかりだったよ。

  「ちょっ、あなた!そんなところでなにしてんのよ!」
  「いや、そのな」
  「また、なにか企んでるんでしょう?!バカはこれだから!」
  「ごめん!勝手にピアノ聴いてたんだ」
  「なっ!」
  「すまん!つい偶然、聞き惚れちゃって、毎日聴きに来てた。本当にごめん。もう二度と来ないから」
  「えっ!ちょっと待ちなさいよ!」
  「へ?」
  「ねぇ、そっソッチョクな・・・感想を聞かせてくれない?」
  「は?」
  「いいから!素直に感想を述べる!400字以内!」
  「えと、音楽とかよくわかんないし、何て曲かも知らないけど、お前のピアノの音は好きだ!」
  「えっ?あっそう、ふーん」
  
  心なしか嬉しそうだった。今考えるとホントに素直に答えてたよ。二人きりだったから虚勢はることもなかったからかな

  「ごめん、俺、もう来ないから。邪魔して悪かったな」
  「ちょっと待って」
  「?」
  「・・・どうしても聴きたいっていうんなら別にいいわよ」
  「え、でも」
  「ただし、こっそり覗いて聴くようなまねはしない。男だったら堂々と聴きに来なさい!」
  「ああ、わかった」
  「勘違いしないでよ!別に聴きに来て欲しいとかじゃないんだから!ただ、ここはコウキョウの場所で
  あなたにも来るケンリがあるっていうだけなんだから!」

  って赤い顔していってたな。あのときは怒ってるんだと思ってたけど、照れてたのかもな。
  それから、放課後が楽しみでな。つい遅くなっちまって。彼女のピアノを聴いたり、俺がバカみたいな話をしたり
  彼女がよく分からない小難しい話をしたりな。楽しかったなぁ。暗くなったら一緒に帰ったりもしてさ。
  
  彼女が言うにはさ、彼女の母親はピアノの先生らしいんだけど、いろいろ気に食わないことがあるらしくて、
  家ではピアノを弾いてやらないんだと。でも、ピアノは好きだから、放課後ガッコで弾いてるということだった。
  
  でも楽しい時間は終わった。オヤジとオフクロが離婚した。なんとなく、そんな気がしてたんだ。
  いまさらという感じだった。俺はオフクロに引きとられて、この島に行くことになった。
  それからもう彼女とは会っていない。


「ま、こんなとこだ。よく寝ずに聞いてたな?」
「いや、普通に面白い話だったよ」

普通に驚いた。こんなヤクザみたいな人にも甘酸っぱい思い出があったのか・・・

「そうか」
「今どうしてるか知らないの?同窓会とかは?」
「ねぇよ、そんなもん」
「しやわせになってるかな?」
「なってるに決まってる」
「もしかしたら喫茶店で働いてセクハラ店長に嫌がらせを受けてるかもよ?」
「ありえん。彼女ならセクハラなんぞする不埒者には鉄拳制裁だな」

一度会ってみたいと思う。ていうか、そんな人は喫茶店で働くわけがないか

「そっか」
「そうだ」
「じゃ、そろそろ帰るよマスター」
「いい加減ツケたまってきてるぞ」
「それは言わない約束だろ、マスター」
「ふん、おととい来やがれ」
「またなー」


  別れの日、彼女は泣いていた
  
  「なんだ俺と別れるのが、そんなに寂しいのか?」
  「そんなわけないじゃない!花粉症よ!か・ふ・ん・しょ・う!」
  「・・・そこまで言わなくてもいいじゃんよ。それに花粉症なら見送りに来ないで家で寝てろよ」
  「ばかっ、うっ、うぇ、うう」
  
  泣きたいのはこっちだって一緒だった。いくらか時間がたって彼女がようやく落ち着いた
  
  「手紙とか電話とかあるのかな?」
  「そんな北海道の山奥じゃあるまいし。あるよ、きっと」
  「じ、じゃ、手紙・・・書いてもいい?」
  「っめんどくせーよ」
  「・・・そうよね」
  「・・・」
  「・・・」

  このときのことは今でも後悔している。素直に住所を聞けばよかったと。強気で無くなっていく
  彼女にホントは違う言葉をかけてあげたかった。

  「これっ」
  「なんだ?このテープ?」
  「私のピアノ録音してもらったの。あげるわ」
  「なんで?」
  「いいから!受け取りなさいよ!」
  「あ、ああ、わかった」
  「じゃ、またね」
  「ああ、またな」

  今まで、何気なく交わしてきた「またな」という挨拶。再会の約束。叶わない願い。
  彼女からもらったテープは今でも大事に保管している。そのINDEXに書かれたメッセージをときどき読む。
  『私のピアノを好きだと言ってくれてありがとう』
  そういえば彼女自身を好きだと言ったことはなかった。これも後悔だ。せめて、もう一度会えたなら・・・


ガチャ
ドアの開く音。この時期・時間に客なんて珍しい。観光客か?

「どうしたの?店の前で固まっちゃってさ〜。そういうの営業妨害になるよ」
「どうしたもこうしたも!私はこんな店絶対に入りませんからね!!」

こんな店・・・とはヒドイいわれようだ。オッサンと女の子のペアとは尋常じゃないな。


「こんな店・・・って言っていいコトと悪いコトがあるんじゃないかなぁ」
「だいたい、どうして社員旅行がこんな島になるんですか?!なんにもないじゃないですか!」
「それは、結城さんのおススメだったからで。ねぇ、君、仁くんに振られてツライのは分かるけど原住民の人たちに
失礼だよ。川端君たちだってそれなりに楽しんでるじゃない。」

原住民って、あんたも相当失礼・・・

「ちょっと、板橋店長!いつ私が仁に振られたっていうんですか?」
「こないだ、完膚なきまで。いやぁ里伽子さん、きれいだったねぇ」
「くぅっ!とにかく!こんな名前の店には入れません!!」
「えー、いい名前じゃない。愛着、湧くけどなぁ」

いい名前だと思うんだがなぁ

「私は湧きません!!」
「・・・ねぇ、元上司がさぁ、久しぶりに一緒にゆっくりお酒が飲めると思って誘ったのに、そんな態度をとるの?」
「うっ」
「礼儀っていうものをしっかり分かってる子だと思ったんだけどねぇ」
「ううっ」
「いいよ、帰れば?ボクは一人寂しく・・・」
「わかりました!お付き合いします!!」
「そういってくれると思ってたよ」

とりあえず、2名様御案内か?

「ごめんなさいねぇ、お待たせしちゃって〜」
「いえ、何になさいますか?」
「そうだねぇ、カトレア君何にする?」
「そうですねぇ・・・ってカトレア呼ばないでください!」
「店の中で怒鳴り散らすのは良くないと思うなぁ」
「くうぅっ!あなたってひとはっ!」

時間が止まっていた。金色の髪、碧色の瞳。いつまでも変わらないなと思う。俺は変わっただろうか?
彼女は俺のことを覚えていてくれているだろうか?バカみたいに願う。変わっていないことを。失われていないことを。





作者コメント


もしかしたら,こんにゃくSSではないかもしれません.でも,きっとこのスナックには

なにか意味があるはずだと信じています.

Written by Jack