お似合いのカップル

『高見塚全校アンケート!』

『貴方が選ぶベストカップル!』

『第1位 沢城凛奈×羽山海巳 34票』


「……どう反応したもんかね、これは?」
 放課後の生徒会室にて、生徒会役員兼つぐみ寮メンバーの俺たちは絶賛お茶会中。
 先の発言は前生徒会長にして、引退した今もなお最高権力者である浅倉奈緒子によるもので、彼女の手には新聞委員が本日発行した学内新聞がある。その記事内容は上の通りだ。
「間違いなくこの前の演劇の影響だろうなぁ」
 凛奈のピーターパンと海巳のウェンディの倒錯カップルは、関係者一同の予想を上回って好評だったようだ。俺のアドリブでピーターとフック船長の痴話コントじみた劇になったってのに、全体の三割以上の票が入ってるんだから。
 でもまあ、そっち方面に興味のない俺でさえ狙いすぎってくらいの配役だったからな。学園祭から一ヶ月と経ってないことを考えれば、むしろ納得の結果か。
「ねー、うみとりんなってカップルだったの?」
「みたいだなぁ」
「そかぁ。わたる、りんなにフラれちったね」
「フラれちったな」
「わたるかわいそー。なでなでしたげよっか?」
「おう、なでなでしてー」
「……なにバカやってるのよ」
「いてっ」
 不機嫌そうな声がして、後頭部をパシリとはたかれた。
「ぬう、不意打ちとは卑怯なりピーターパン」
「役名で呼ぶなぁっ!」
「なでなでー」
 はたかれた箇所に静のちっこい手の感触。おお、和むのう。
「あぁっ!? なんだかどっちの立場もうらやましいようなやりとりが私の手の届かぬ場所でっ」
 長机の反対側で悔しがる宮。ふはは、貴様はそこで指でもくわえているがいいさ。
「ふっふ、ヒーリング効果抜群な静の手当てがある以上、もう貴様の攻撃など屁でもないぞピーターパン」
「まだ言うか」
「軽い冗談も許容できぬガキんちょのおまえなんぞピーターパンで十分よ。海巳を見てみろ」
「え? 私?」
「ほら、今のやり取りだって気にしてない。全てを笑って許すような包容力、まさにウェンディママと呼ぶにふさわ……あれ?」
 どっちにしても役名で呼んでるような?
「……さすが間抜けだね、フックせんちょ」
「間抜けだな」
「間抜けですねぇ」
「やーい間抜けー」
 ……とりあえずここぞとばかりにみんなから罵倒されてるのは置いといて、仮にも教師であるさえちゃんの物言いが一番ガキっぽいのはどうよ?
「なでなでー」
「……いや、うん。サンキュな、静」
 でもこのタイミングでやられるとむしろ悲しくなるんだが。
「あはは。でも、私は凛奈ちゃんとならかまわないけどな」
『……海巳?』
 一同の声がハモる。静だけは一心不乱に俺の頭を撫で続けているけど。
「だって凛奈ちゃんてカッコイイし、なのにすごく可愛いし、それに──柔らかかったし、ね?」
「ちょ、海巳ぃ!?」
 海巳には珍しい、からかいの色を含んだ言葉に、凛奈が真っ赤になって狼狽する。
「最後詳しく!」
「航も聞くなぁ!」
「だって前から気になってたし」
「そりゃ生徒会としても聞かないわけにいかん話よねぇ。役員同士で不純同性交遊なんてスキャンダルがあっちゃコトだし」
「つぐみ寮寮生会としても把握しておきたいですね。仲間内で倒錯的恋愛関係を結ぶなんてゴシップは見逃せませんよ」
「男と女だと教師としての責任問題になりそうだから聞きたくないけど、女同士なら校則的にもかまわないのかしら?」
「……いや、どっちにしろ学園生として節度ある態度云々辺りにひっかかるんじゃないか?」
「あーんもうかんべんしてよー!」
 もちろん、そんな嘆願を受け入れる俺たちではなかった。



「でも、ほんと困るなぁ、こういうの」
 からかわれ疲れて、前に腕を投げ出し机につっぷしていた凛奈が、憂鬱そうにため息をついた。
「さっきここに来る時にも下級生のコたちにつかまって色々聞かれたんだよ。あーいうの苦手なのに……」
「別にいいじゃないそのくらい。有名税みたいなもんよ」
「いや、あたし会長さんとは違うし。知名度やら人気やらなんてちっとも望んでないから」
 その会長さんだが、難攻不落っぷりが知れ渡っているせいでベストカップル上位に名前はない。いくら凛奈の知名度が上がったといっても単純な人気ならまだまだ会長の方が上だろうけどな。
 代わりに、同じアンケート結果を別の形で集計したランキングでは一番となっている。
「カップリング数最多賞第一位、浅倉奈緒子、十二組……だとよ?」
 ようするに会長には、十二人のお相手がいたわけだ。……一方通行の、だが。
 記者コメントによると、『12組のカップルにて名前を挙げられた浅倉さんだが、その総得票数もまた12票であった。この結果がどのような事実を示すかは言うまでもなく、12人の夢見がちな男性たちの願いが叶う日が来ることをただ祈るばかりである』──だそうな。
「さすがモテモテだよね、会長さん」
「ま、当然の結果ね」
「フン、なにさ。教師も投票対象に入ってればわたしだって浅倉には負けないもんねーだ」
「いやさえちゃん、それはないから」
「なんでよー! 私の魅力が浅倉に劣るとでもいうわけ!?」
「あら、さえちゃんがあたしより優ってるものなんて、無駄に重ねた年齢以外にあったかしら?」
「くきぃー! お、大人の女を馬鹿にしたなぁ!?」
「落ち着けさえちゃん、それ以前の問題だ。まさか教師と生徒のカップルを許容するわけにいかない以上さえちゃんは絶対勝てないって。男女合わせても教員十名しかいないんだぞ、うちの学校?」
 まあ人気だけ考えてもさえちゃんが会長に敵うわけないけど。……だってどこらへんが大人の女なのかと問い詰めたくなる醜態っぷりなんだもん。
「う……じゃ、じゃあ総投票数で──」
「ほう。つまり建部×桐島とか、教頭×桐島に何票も入れてほしいと?」
「げげっ。それさいあく〜」
「……いや、気持ちは分かるけどもう少し言葉選べよ」
「……どこが大人の女なのかしらねぇ」
 まったくな。
「だけど人気が高いのも頷けるよね。女のコから見ても奈緒子さんはホント素敵だもん」
「……『は』って……」
 思わぬ方向からの打撃に呆然とするさえちゃん。まあ海巳のことだから流れが読めてないだけでそんな意図はないんだろうけど。
「ありがと、海巳。あんたもかわいいぞ〜」
「きゃぁっ!?」
 あ、いいなぁその抱きつきスキンシップ。
「投票した男性の方々は本性知らないだけでしょうけど」
「……宮〜? あんたはやっぱりいっぺんカタにはめとかなきゃいけないみたいだなぁ?」
「ひぅっ!?」
 手をわきわきさせた会長と小動物のように震えて警戒する宮はいいとして、会長のメッキに騙されてる男どもは哀れを誘うよな。記者は夢見がちなと評してるけど……。
「会長のことだから、どうせその連中にもさんざん気を持たせるような態度とってたんだろ?」
「んなもん勘違いするほうが悪いに決まってる」
「うわひでぇ。男の純情をなんだと思ってやがる」
「……あんたの言えた事じゃないけど」
 なにやらめちゃくちゃ不機嫌そうな声に、背筋がゾワリと冷気になであげられる。
「り、凛奈さん……? なぜにいきなり怒っておられますか?」
「……これ」
 凛奈がそう言って指差したのは、件の学内新聞の一画。すぐ上に浅倉奈緒子と名前のあるそこには『第2位 星野航 5組』とあり、
「なんだ、たかが会長の半分以下じゃないか」
「…………」
 ──ワーォ、怒りゲージが即MAXに! 地雷踏んだね、俺!
「星野ハーレム今なお健在、か。……海巳、あんた微妙に嬉しそうね?」
「え? あ、あは、あははは」
「沙衣里先生がはいってないから一人分少ないんですねー」
「別に星野の嫁扱いされたいわけじゃないけど、これはこれで仲間外れっぽくてなんかイヤかも」
「そんな仲間想いなんだったら今現在窮地に追い込まれてる俺のためにフォローしろよ!?」
「なでなでー」
「いやそういうスキンシップ的フォローでなく! むしろ逆効果だから!」
「…………」
 ああぁっ!? たえろ、たえるんだ凛奈の堪忍袋!
「あ、注釈で面白いこと書いてますよ?」
「ん、どれどれ? えー、我が校に航という名前の生徒は二人いるが、『茜ちゃんと航君航くんわったるく〜ん これって三票分だよねだよねっ?』の航君が星野君のことを指すなら彼のポイントは5でなく6となる、か」
「面白くねえぇ! つかわざわざ注釈で書くほどのことじゃないし、絶対狙ってるだろこれ!?」
 あと誰がいれた票か分かりやすすぎっ。匿名投票の意味わかってんのかあいつは!
「……っ」
 ひぃっ!?
「い、いやあそれにしてもホント圧勝だよなぁ凛奈と海巳のコンビは。俺たちが力を合わせて成功させた演劇の効果が、こうして目に見える形で表わされて嬉しいと思わないかぁっ?」
「目も当てられないほどブザマな話のそらし方だな」
「ブザマですねぇ」
「やーいブザマー」
 お、おまえらぁ……後でおぼえてろよぅっ。今はそれどころじゃないけど。
「ほ、ほら見てみろよ、二位ですら十票しか入ってないぞ? これって男女バレー部の部長やってる二人だろ。あの名物カップルにトリプルスコアって大したもんじゃないか、三位以下なんてホントもう団子状態だし、って……あ、れ?」
 思わず目をしばたく。そこにはひどく見慣れた名前が二つ、
『第3位 星野航×羽山海巳 6票』
 と、今この状況下でだけは見たくなかった形で並んでいた。
「私と……航?」
 相変わらず空気の読めてない海巳があっさりとそれを口にする。
「──部活行ってくる!」
 長机にバンと両手を叩きつけ立ち上がった凛奈が言うがはやいか、早足で生徒会室から出て行った。
 あー……なんだろね、これ。爆弾を解体しようとコードを切ったら、より強力な爆弾の起爆スイッチがはいっちゃいましたみたいな。
「ほんと、馬鹿だな」
「ほんと、馬鹿ですねぇ」
「やーいほんとの馬鹿ー」
「少しは慰めの言葉があってもいいと思わないかぁっ!?」
「なでなでー」
「うう、優しいのは静だけだなぁ。でも、さすがにもうなでてくれなくていいから」
 実はずーっとなで続けられてたせいで、いい加減頭が摩擦で熱い。
「はげはげー」
「──ちょっとまてなにを狙ってるかおまえは」
「あー」
 慌てて静と距離を置くと、虫めがねであぶっていた蟻を取り上げられた子供のように不満の声をあげた。
 なんつう恐ろしい……油断も隙もありゃしねえ。
「航ぅ、あんたそうやって静と遊んでる場合か?」
「仮にも凛奈先輩の彼氏を名乗るものとして、それはちょっと如何なものかと思いますが」
「っていうか男として最低じゃんよ」
「おまえら今日は本気で仲いいなぁ!?」
 ちょっと反抗しただけなのに、三対の瞳に冷たく射竦められた。うぅ、今回は俺が悪いことしたってわけじゃないのに……むしろ被害者って言ったっていいはずじゃないか?
 周囲が女ばっかりの環境に置かれている弊害がこんなところでっ。俺は公平なる裁判を求めるぞ!
「だいたい……なにをどうしろっていうんだよ? 追っかけてって、あんなアンケート気にするなとでも言えばいいのか?」
 それで済むなら楽だし、実際俺に出来ることなんてそれくらいだと思うのだが、話がそう簡単なら凛奈はわざわざ部屋を出て行かなかった気がする。
「まあ確かに、それじゃ足らないでしょうね。……ようするにだ、凛奈は不安なのよ、きっと」
「不安って、なにが?」
「海巳はさ、航との付き合いがダントツで長いから。二人の間に、他が立ち入れない領域ってのをどうしても感じちゃうのよね。……二番目に航と付き合いの深いあたしが言うんだから、間違いない」
 なんか、『深い』にそれこそ深い意味を感じる言い方だな……奈緒子さんよ。
「でも、思い出の量が違うからって関係に優劣が生まれるわけじゃなし、そこら辺割り切るべきところなんだけど……分かってても揺れるのが乙女心ってね。ああ海巳、別にあんたを責めてるわけじゃないんだから、そんな顔するんじゃないの」
「うん……でもやっぱり私……」
 海巳の頭にポンと手を置く。
「あ……」
「気にすんな」
「う、うん。ごめん、ごめんね航?」
「だーかーら、おまえはなんも悪くないんだから謝るなって」
「あ。ごめん……」
「……はぁ、ったくおまえは」
 こういうやり取りが凛奈には面白くないってことか? でもこれは海巳との付き合いの中で培ってきた、俺と海巳との関わりあい方だ。他との違いはあっても差別はない。
 例えば俺は絶対会長には逆らえないようになってるし、逆に宮はポチとして扱う。そこに優劣はないと、少なくとも俺は信じてる。そりゃ凛奈のことは大切だし、一番大事にしてやりたいとだって思ってるけど……仲間内で優先順位をつけるのはイヤだ。
 それともこれは俺のワガママなのか? ただ誰にもいい顔したいだけってことなのかなぁ。
「難しいな……色々と」
「ま、そこをなんとか上手く処理してやってくのが男の甲斐性だと思いなさい」
「正直自信ないなぁ」
「精進することね」
 そう言われても、すでに凛奈を怒らしてしまったのはどうしようもないわけで。
「……以降がんばるので今回だけは手助けしてくんない?」
「わたる、かっこわるい……」
「あははは、静にまで言われてやんのぉ」
「るっさいわい!」
「まあまあ、いいじゃないですかヒントくらいなら。ねえ奈緒子先輩?」
「──ま、しゃーないか。航がそんなに早くいっちょまえになれるわけないし……あたしにもちょっとは責任あるし。だからっていつまでも凛奈が不安定なままじゃこっちまで困るからね。その代わり、今日の夕食までにはどうにかしとけよ? 食卓にご飯のまずくなる空気持ち込んだら、ただじゃ済まないからね」
「イエス、マム!」
「よぅし。じゃあいいか、心して聞けよ────」





 日も大分傾いた校庭を、長い影を引き連れて走る凛奈を飽きずに眺めている。
「やっぱ、かっこいいよなぁ……」
 さすがにもう切り上げるつもりなんだろう。徐々にスローダウンして調整に入っているようだが、そのフォームの綺麗さは損なわれていない。
 まっすぐ前に向けられた真剣な眼差しからは、凛奈がどれだけ真摯に走ることと向き合っているのか伝わってきて……ちょっと自信を失くした。走ることと俺の二択を選ばなければいけないとき、凛奈はいったいどっちを取るんだろうか。
 って、これじゃ海巳に嫉妬する凛奈と変わらないな。
「わかっちゃいるけど。でも不安、か。なるほどなぁ……」
 ちょっと凛奈の気持ちが理解できたような気がする。たしかにこのモヤモヤを割り切るのはしんどそうだ。
「よ、お疲れ」
 呼吸を整えながら、タオルやらの荷物を置いたこっちに歩いてくる凛奈に声をかける。
 まさか生徒会室を出て行ってからずっと走ってたなんてことはないだろうが、それでも相当走りこんだんだろう。この時間帯、だいぶ涼しくなってきたにも関わらず汗だくで、歩く様子にも疲れが見えた。
 まあそれくらいバテてくれてた方がこっちとしては安心だ。俺の存在に気付いていて近づいてくるんだし、ないとは思うが、いきなり走って逃げられてもこれなら追いつけるだろうし。
「……なんか、用?」
「そんな邪険にするなよ。せっかく差し入れ持ってきたんだからさぁ」
 俺の差し出したスポーツドリンクを前にしばし停止し何故か俺を睨みつけた凛奈だったが、やはり喉の渇きには抗い難いらしく、ひったくるように受け取ると勢いよく水筒を傾けて飲み始めた。
「あんま一気に飲むのはよくないぞー?」
「──ってこりゃあたしが用意しといたモンでしょーが! なにが差し入れか!?」
「あれ、バレた?」
「あたしの水筒なんだから、すぐ気付くに決まってるでしょ! 喉渇いたまま怒鳴りたくなかったから黙って受け取ったけどっ」
「わはは。でもよかった、突っ込みもいれてくれないほど怒ってたらどうしようかと思ってた」
「……別に、もとから怒ってなんか」
 拗ねたようにそっぽを向く凛奈。
「嘘ばっか」
「うっさいなー、せっかく走ってたら頭冷めたのに蒸し返すなぁ!」
「いいじゃないか。ひとがその気で来たんだから、ちゃんと俺に怒りをなだめさせてくれよ」
「どこまでワガママなのよあんたは!?」
「ワガママなのはどっちだ。勝手に妬いて、勝手に怒って、勝手に逃げ出しやがって」
「逃げっ……あのねぇ、あんたそんなにまたあたしを怒らせ──」
「でも、そうやっておまえを不安にさせたのは俺の責任だから。……ごめん」
「た、う、えぇ?」
「ほんと、ごめんな。全然気の回らない彼氏で」
「カレ……う、ううん、いいよそんなの。その……あたしは知ってて航を好きになったんだから」
 また凛奈がそっぽを向く。さっきより大きく、俺から顔が隠れるくらい。でも赤く染まった耳は丸見えで……ああ、可愛いなコイツ。
 抱きしめたい衝動に駆られるが、まあそれは後で。
「これから努力して、いつか凛奈が不安に思うことがないよう気を使えるようになるからさ。今は怒らせちまった後のフォローだけはしっかりするってことで、勘弁してくれよな
 ──ほら」
 尻ポケットに畳んで入れておいた紙を取り出し、凛奈に渡す。
「……なに、これ?」
「とりあえず今日の分のフォローだ」
 まだ少し朱色の散った顔を前に戻し、凶悪な上目遣いでちらちら俺の顔を窺いながら手元の紙と見比べる。
「……なにこれ?」
「見たまんま。例のアンケートの全集計結果だが」
 学内新聞では紙面の都合上か三位までしか載ってなかったが、新聞委員に頼んで四位以下のリストを貰ってきたのだ。
 俺の意図がわからないらしく、訝しげにそのリストと睨めっこしてる凛奈に、見てほしい部分を指差して示してやる。
「ほら、ここ。俺と凛奈のカップリングにもちゃんと票が入ってるだろ?」
「あ……まあ、確かに……たかが海巳の半分だけど」
 三という数字が置きに召さないのか、凛奈は微妙な表情だ。
「ちなみに内一票は俺」
「……もう一票はあたしだよ」
 んで、最後の一票は多分海巳。聞いたわけじゃないけど、あいつはそういうやつだからなぁ。
「……ねえ航、あたしやっぱりワガママかなぁ。フォローっていうには微妙な気がするよ。ちゃんと票入ってたのに。航もあたしと同じ気持ちで投票してくれてたって分かったのに……」
「バカ、言ったろ、せめてフォローはしっかりするって。抜かりはないさ」
 そう言って、今度指で示したのは総計部分。
「うちの学園に生徒が何人いるか、覚えてるか?」
「え、うん……あれ? 足りない?」
 全生徒数百名。全校アンケートと銘打っている以上、全百票の投票があって然るべきなのにも関わらず、何故かリストには計八十八票しかない。
「アンケート実施当日の欠席者が一名。さらに無効票が十一票あったんだってさ。ちなみに、無効票中三票が『フック船長×ピーターパン』だったそうだ。
 ……どうだ? これで同率三位だぞ」
「あは……身内票ばっかりっぽいけどね」
 苦笑して、なかなか鋭いことを凛奈は言う。
 たしかにこの無効票の中に身内票が入ってるのは確実だ。なにせ会長からのヒントってのが、彼女がフックとピーターに票を投じたって話だったし。しかも会長がそう言ったときの反応からして宮と静も同じっぽかった。
 てことはあの三人が普通に投票してくれてれば今回の面倒はなかったわけで、なんでそんなまわりくどいことをと当然文句も言ったのだが、会長は『それが乙女心の複雑さってもんよ』とよくわからない答えしか返さなかった。
「身内票上等じゃないか。それってつまり、俺たちのことをこの島で一番よく知ってる連中が、俺たちのことを認めてくれてるってことなんだから」
「あ──」
「でもって俺たちのことを一番よく知ってる教師からの伝言。『あんたたちはお似合いよ』だってさ。これで七票、単独三位だな」
「先生の分までいれちゃうのはさすがに反則じゃない?」
「いいじゃん別に。っていうか仲間外れにするとさえちゃんが怒る」
「あははっ、さえちゃんらしいー」
 どうやら今回のフォローは成功らしいと確信できる微笑みを見せて、凛奈が一歩寄ってくる。
「それに、これから他の連中の認知度もあげてけば、どのみち単独三位なんかすぐだ、すぐ」
「どうやって認知度をあげるの?」
「いちゃいちゃして」
「……どれくらい?」
「真冬のおでん以上に熱々なのは確実だな」
「……みんなヤケドしちゃうよ?」
「徐々に慣らしていけば大丈夫だって。たとえば、そうだな──」
 ちょっとキザっぽくやってみることも考えたけど、お互い似合わないよなと思い直し、結局普通に手を差し出す。
「──まずは、手をつないで帰るってことで、どうだ?」










 ──ちなみに。
 無効票の残り八票は、半分が『ピーターパン×ウェンディ』で、もう半分は『フック船長×ウェンディ』だったのだが……これを凛奈に隠し通すのも男の甲斐性ということで。





作者コメント

 はじめは奈緒子でいこうと思ったけど、どうも凛奈エンド後の話がなさそうだったので急遽変更しました。凛奈は可愛さならダントツで一番だと思うんだけどなぁ。
 それにしてもギリギリにならないと提出物の出せない子でごめんね右近さん。でも私の状況はまだ進行形でギリギリなので色々ギリギリです。擬音語っぽいな、ギリギリ。

Written by いちごのたると。