昼下がり、士郎に薦められて私は散歩に出かけていた。
今日は日曜日なので学校も休み。
サクラが家にいる以上サーヴァントである私も家にいて警護に勤めるべきだと思うのだが。
だから突然、士郎に「ライダーもたまには外に出て一人で歩いてみたらどうだ」などと言われても、戸惑ってしまう。
目的もなく外出することに意義があるとは考えにくい。
「公園の屋台でたこ焼きでも食べてきなよ」
しかしまあ、せっかくの好意なのだから受けることにしよう。人の好意を頑なに拒むことは礼儀としてもよくない。ほふほふほふ。
公園のベンチに座って、八個入りのところを店主の好意で二個おまけしてくれたたこ焼きを食べる。
公園の中では子供たちが楽しそうに遊んでいる。
私はサクラを守るために戦ってきたが、ここで無邪気に遊ぶ子供たちも同時に救うことが出来たのかと思うと少し気分がいい。
今なら『正義の味方』などというものを夢見ていた士郎の気持ちが少しわかる気もする。
そしてたこ焼きを食べ終え、容器を公園に備え付けられているゴミ箱に捨てたときにかすかな物音を聞いた。
「?」
ほんのかすかな、でも聞き間違いではない物音。
人間とは比べ物にならないサーヴァントの感覚器官を使い、音の発生源に近づいて行く。
それは、公園の隅にある植え込みの下だった。
ガララララ
夕ご飯の支度が一段落したところで、玄関の扉が開く音が聞こえた。
時計を見ると夕方の六時半。ライダーが出かける前に言っていた帰宅予定時間とぴったり同じだ。
こういうところまできっちりしているのはちょっとどうかと思ったけど、桜は「それがライダーらしさなんですよ」とか言ってたし、多分そうなんだろう。
「……」
「……?」
おかしい。いっしょに料理をしていた桜もそう思ったのか、思わず二人で顔を見合わせてしまう。
さっきも言った通りライダーはきちんとしてる人なので、帰ってきたらただいまを必ず言う人なのだが。
「ライダー?」
「……ただいま帰りました」
ちょっと不審に思ったのか、桜が玄関のほうに声をかけてみるとちゃんと返事が返ってくる。
帰ってきたのはライダーに間違いないらしい。
でも、そのわりになんだか元気が無い。
元気が無いと言うか、ライダーにしては珍しく、挨拶がなんだかぼそぼそとしたはっきりしない声だった気がする。
「ライダー、身体の具合でも悪いのか?」
「いえ、そんなことはありません。サーヴァントである私が風邪を引くなどと言うことはありえませんし、いたって健康体です。様子など見にこなくてけっこうですので夕食の支度を続行してください」
……おかしい。
なんだかうろたえてるっぽい感じがするライダーの声になんとなく不安を覚えて、桜といっしょに玄関に向かう。
案の定ライダーはまだ玄関にいて、俺と桜が来たのをみて気まずそうに目をそらした。
「……ライダー」
いつもとは違うライダーに俺は言葉を失う。
しかしこういう時にはやはり女性は強いのか、桜は一回深呼吸したあとにライダーのほうを指差しながら問いかける。
「ライダー、そのお腹は」
桜に問われ、ライダーは膨らんだ腹部を愛しげになでながら答えた。
「私の仔です」
なんでか、俺のほうを見て頬を赤く染めたりしつつ。
それを見て桜は、ゆっくりとこっちに振り向いた。
ぱんちぱんちきっくきっくぼでぃぶろーあっぱー。
桜のラッシュは思いのほか綺麗な連携だった。
「先輩はどうしてそうすぐにライダーに誘惑されるんですかっ!」
「見に覚えが……えーと……ないっ!」
「その『えーと』はなんですかっ!」
「気のせいだ気のせいっ!」
アッパーで倒れた俺の上に乗り、マウントポジションから繰り出される桜のパンチを必死に防ぎつつ弁解してみる。
「それにライダー、今朝は何ともなかったじゃないか! 何でこんな短期間にお腹が大きく」
「サーヴァントの身体構造は人間とは似て非なるものですから」
「こんな短期間に子供作るなんて! わたしだってまだなのにっ!」
「だから落ち着けって桜!」
「みー」
突如聖杯戦争なんぞ比べ物にならない修羅場に叩き込まれた衛宮家の玄関は、また突然なんだかその場にそぐわない鳴き声で停止した。
「みー」
また聞こえた。場所はと言うと、ライダーのお腹のあたり。
じっと見ているとライダーのお腹がもぞもぞと動き、シャツのすそからポロっと落ちてきた。
子猫が。
「……」
「……」
「産まれました」
「「うそつけっ!」」
その突っ込みは見事にハモった。
ちっくたっくちっく……
時計の秒針の音だけが響く居間で、新生衛宮家の家族会議は開催された。
「それで、その猫はどこから連れてきたの?」
「ですから、士郎と私の子供です」
「いやだから猫でしょそれ! どうみても!」
「サーヴァントの身体構造は人間とは似て非なるものですから」
「嘘をつくんじゃありませんっ!」
がーっ、と吼える桜。その前で正座しているライダー。
イメージ的には猫連れてきた子供と怒るお母さん。
背の高いライダーがしゅんとうなだれる姿は中々にほほえましい。
いかんいかん。アットホームな雰囲気に浸ってる場合じゃない。
「別にいいんじゃないか? 猫ぐらい飼っても」
「先輩っ!」
「いやほらライダーも昼間一人で家にいるんじゃ寂しいだろうし。世話だってちゃんとするんだろ?」
「勿論です」
聞かれて力強くうなずくライダー。
「私はもともとライダーのサーヴァント。動物の扱いに関してはたとえム○ゴロウさん相手でも引けを取りません」
言い切った。
まあ言われてみればそのとおりだ。ペガサスの世話に比べれば野良猫の世話なんか軽いもんだろう。
「なんなら騎乗もして見せますが」
「いや、それはしなくていい」
どう考えても猫潰れそうだし。
いや、そこはサーヴァントのスキルで何とかしてしまうのかもしれないが。
桜とライダーはしばらくしばらくそのまま見つめあっていたが、やがて桜は根負けしたように俺のほうを見た。
そして、はぁ、とため息をつく。
「……まあ、しょうがないですね」
「おお。良かったなライダー」
「ありがとうございます、サクラ」
「いい加減な世話をするようなら、捨てちゃいますからね」
まだ納得しきってないのか、すこし不機嫌そうにそう言う桜に、
「はいっ!」
ライダーは満面の笑みで返事を返した。
えぴろーぐ。
「タイガー!歩きながらご飯食べるんじゃありません!」
「タイガー!つまみ食いはダメだってあれほど……」」
「ねえ、士郎」
「なんだよ、藤ねえ」
昼下がり、居間でのんびりとお茶を飲んでいたら藤ねえに話しかけられた。
「あの名前はちょっとどうかと思うの」
「でも、ライダーが一晩悩んでつけた名前だし……」
「タイガー!あんまり言うこと聞かないとご飯抜きますよ!」
「タイガー!トイレはここだと何度言えば覚えるのですか!」
「それに気のせいか、桜とライダーの台詞に違和感が感じられないんだが」
「わたし、トイレの場所間違えたりしないもん」
「……他のは認めるのか」
そして、衛宮家には新たな家族(名前:タイガー、メス、虎縞、年齢不詳)が一匹追加された。
「それにあの子、私がつまみ食いしてたらひっかいてきたのよ!」
「……飼い猫と縄張り争いをするな。頼むから」
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