衛宮家には現在、四人と一匹が住んでいる。
一応家主である俺、衛宮士郎。
恋人である桜。
桜のサーヴァントであるライダー。
飼い猫のタイガー。
あと、俺の姉代わりの藤ねえ。
藤ねえは近所に自分の家があるので夜泊まって行ったりはしないけど、寝る時と学校行ってるとき以外はうちに来るし、朝晩欠かさず飯食っていくので住んでると言っても問題ないだろう。
そんなメンバーの中で、炊事洗濯や掃除を始めとしたもろもろの家事を行うのは俺と桜の分担になっている。
藤ねえに至っては掃除するどころかガラクタを持ち込んでばっかりいるし、たまに作る料理は偉く独創的だ。
しかしまあ、俺も桜もその手のことは割と好きなほうなので、特に気にせず俺と桜で分担してやっていた。
だからちょっと驚いた。
「士郎、料理の仕方を教えて欲しいのですが」
春が近づく三月半ばのある日、ライダーにそんなことを言われた時には。
「……士郎?」
「ああ、ごめんごめん」
ちょっと予想してなかった質問だったのでちょっと呆然としてしまったらしい。目の前ではライダーがちょっと不思議そうに首をかしげている。
「えーと、料理?」
「はい。いつも士郎とサクラにばかり作らせて、わたしは食べてばかりというのも申し訳ない気がしますので」
「いや、別に気にしなくていいぞ? そもそもライダーにはつきあってもらってるわけなんだし」
そう。サーヴァントであるライダーはそもそも食事の必要がない。
桜といっしょにうちに来た時にそう説明され、『わたしに食事は必要ありません。サクラと士郎二人で食べてください』とか言われたのを、俺が『落ち着かない』という自分勝手な理由で食事に付き合ってもらっているのだ。
いっしょに住んでるのにライダーだけ食事をしないってのは、なんだか仲間外れにしてるみたいで嫌だったから。
まあそんなわけで、ライダーが気にすることは無いと思うんだが。
「確かに食事は必要ありませんが、最近では嗜好品の一つとして楽しませてもらっています。たまにはお返しをしたいのです」
ふむ。
まあ、ライダーがそう言ってくれるのは嬉しい。
今日は休みだけど桜も藤ねえも部活に行ってるし、とくに予定もないからたまにはそういうのもいいのかもしれない。。
「よし、それじゃあやってみようか」
「お願いします」
そう言ってライダーは深々とおじぎをする。
「いや、そんなかしこまらなくてもいいよ。で……どんなもの作りたい?」
「それなのですが。私もさすがに初めてでは自信がありません。まずは簡単なお菓子作りから教えていただきたいのですが」
「ああ、いいけど……お菓子とかなら桜の方が得意だぞ? 桜に教えてもらった方が」
「いえ! サクラには秘密にしておきたいのです。そ、そう。びっくりさせてみたいと思いまして」
「ああ、そういうことなら」
俺の提案に慌てるライダーを見て、ちょっと楽しい気分になりながら立ち上がる。
「じゃ、何にしようか。俺もそんな難しいのは造り方知らないけど」
「マシュマロはどうでしょう」
「ああ、それなら材料さえあれば簡単だけど。それじゃあ商店街に材料を買いに−」
「材料ならもう用意してあります」
そう言ってテーブルの下から買い物袋を引っ張り出すライダー。
「手間を省こうと思いまして、さっきダッシュで買ってきました」
最近知ったんだが、ライダーは基本的に手間を惜しまない。
タイガーの世話してるときなんか特にそうだ。表札の件とか思い出してみてもそんな感じではある。
「うん。そんじゃ準備しようか。あ、材料に入ると大変だから髪の毛はまとめておいてね」
まあ慣れてればそんなこともあんまりないが、ライダーは初心者だし髪の毛の長さも尋常じゃないし。
あの綺麗な髪の毛が汚れるのはちょっと見たくない。
「はい、わかりました」
「じゃ、俺は台所で準備しとくから」
まあ準備と言っても特にすることがあるわけでもなく。
やらなきゃいけないことを上げると、食器を洗って、テーブルの上に必要なものを並べるぐらいである。
せっかくなのでスムーズに作業できるようにと台所においてあるものを色々整理しているとライダーがやってきた。
「お待たせしました、士郎」
「あ、ライダー。ちょうどこっちも準備終わったとこだよ」
そう言ってライダーのほうを見ると……見慣れない人がいた。
いや、そこにいるのはライダーでしかありえないんだけど、三角巾をしてエプロンをつけたライダーというのはこう、なんだ。普段は知的な美人っぽい格好してるライダーが家庭的な格好されるとこう。
「士郎?」
「は、はじめようか!」
ライダーが声をかけてきたところで我に返った。
いかんいかん。ライダーは俺にお菓子作りを習いに来たんだからちゃんと教えてあげないと。
そう思って気を取り直そうと努力していると、
「よろしくおねがいします」
何故かライダーは三つ指ついておじぎしたりしていた。
「こ、こちらこそ」
それを見て俺もついお返ししてしまう。
「それで、提案なのですが。私一人作るのもなんですから、士郎もいっしょに作りませんか?」
「あ、ああ。いいけど」
まあそんなわけで、衛宮士郎によるお菓子作り教室が開かれることになった。
とは言ってもマシュマロの作り方はそんなに複雑ではない。
1)ゼラチンパウダーを水に入れてふやかす
2)卵白を泡立ててメレンゲを作る
3)水に砂糖を加えつつ煮て、ゼラチンを加えて溶かす
4)3)で作ったゼラチン液にメレンゲを加えながら泡立てる。
5)コーンスターチをバットに敷いて、凹みをつけて型を作る
6)コーンスターチの型に4)で作ったマシュマロの素をスプーン等で流し込む。
7)冷蔵庫で冷やす
8)コーンスターチを反対側にもまんべんなくふりかける。
大雑把に説明するとこんなもんである。
まあそれだけに、お菓子作りの経験があまりない俺でもライダーに教えられるわけだが。
失敗しそうなところと言うと、ゼラチン溶かすときに火加減を間違えるとか、泡立てる時に手を抜いてしまうとかそんなもんだろう。
まあ、ライダーはその辺まじめな性格だし、身体能力を取ってみれば人間なんか敵うわけのないサーヴァントである。
特に失敗することなくさくっとできあがった。
ちなみに泡立てる時はすごかった。ライダーに操られた泡だて器を見ていると、わが家には電動泡だて器なんか必要ないんじゃないかと思えた。
いや、サーヴァントをそんなことに使うなと言う意見はさておき。
かくしてライダーの初作品であるマシュマロが出来上がっていた。
正直予想していたよりもいい出来だし、ライダーが望むんならお菓子作りとか料理を教えるのもいいかなー、とか思えてきた。
「うん。上出来上出来」
一応俺の作ったものとライダーが作ったものは分けておいておいたのだが、比べて見てもどっちが作ったものがわからないぐらいだ。
最初は少し不安そうに見ていたライダーだが、自分で出来栄えを確認した後に俺の言葉を聞いて、安心したようにほっと息をついた。
「ありがとうございます、士郎。それではこれを」
「あれ、桜に渡すんじゃないのか?」
「サクラにはまた別の機会にお礼をしようと思います。今日はわたしのわがままに付き合ってくれた士郎に感謝をしたい」
「ん、そういうことなら」
断る理由も無いし、ライダーが差し出してくれたマシュマロを素直に受取ることにする。まあ味見もかねてってことで。
そして一個手に取り、口の中に放り込む。
うん。確かに市販のマシュマロとは違う感じだけれどよくできている。
「うん、美味いよ」
「それはよかったです」
くらっ。
ああ、いかんいかん。
ライダーといっしょにいることにも慣れてきたつもりだったけど、そんな満面の笑みとか言うレアっぽい表情向けられるとさすがにちょっと。
「じゃ、じゃあ、お返しに俺のはライダーにあげるよ」
そして、照れ隠しも兼ねて自分の作ったマシュマロの容器を渡すと、
「ありがとうございます」
いやそこでまた嬉しそうに微笑まれたりしてなんか逆効果って感じな気がするのだがどうか。
「じゃあ俺は片づけするから、ライダーは居間で休んでてくれ」
「お手伝いしましょうか?」
「いや、片づけしたらすぐに晩ご飯の準備しちゃうから」
「はい、わかりました」
それでは、とか何とか言ってマシュマロを持ってライダーが居間の方に去っていった後、俺は一心不乱に後片付けを始めた。
『ライダーは桜のサーヴァント、ライダーは桜のサーヴァント』
呪文のようにそう唱えつつ。
えぴろーぐ
「ただいまー」
弓道部の練習が終わり、帰ってきて玄関の扉を開けると台所の方からは料理をしている音が聞こえる。先輩が夕ご飯の支度をしているんだろう。
「おかえりなさい、サクラ」
居間からはそんなライダーの声も聞こえる。
最近ライダーはテレビにすっかりはまってしまい、暇があるとテレビを見ている。
そんなライダーを見ているとつい『目が悪くなるからほどほどにしなさい』とか言いたくなるけどまだ言ってみたことはない。
そもそもサーヴァントって視力悪くなったりするんだろうか。
そんなことを考えながら居間に入ると、案の定ライダーはテレビに夢中になっていた。
テレビではニュースの特集コーナーをやってるらしく、女性のアナウンサーが商店街の様子をリポートしている。
本当は着替えなきゃいけないんだけど、ちょっと一休みすることにして座り込む。
そしてテーブルの上にあったお菓子に手を伸ば……したところでライダーに取り上げられた。そして自分は一つ手にとって口に入れる。
「一つぐらい分けてくれてもいいじゃない」
「いえ、こればかりはいくらサクラの頼みでも聞くわけにはいきません」
もう一度手を伸ばすわたし、避けるライダー。
何だか最近、ライダーが少しずつ反抗的になってきているような気がする。
いや、わたしとしてはライダーを使い魔っていいうより友人として考えているからいいんだけど、それにしてもちょっと。
「明日お土産買ってくるから、それと交換ってことにしない?」
そんな折衷案を出しつつ手を伸ばすとライダーは再度避け、
「いえ、これは士郎からの贈り物ですから」
なんておっしゃいやがりました。
ピキリ
何かがひきつる音が聞こえた気がする。わたしのこめかみのあたりから。
「ライダー。『贈り物』っていうのは?」
「はい。士郎が『お返しに』と言って私にくれました」
わたしの問いにきっぱりと答えるライダー。
静かな居間。
聞こえる音は先輩が料理する音とテレビの音だけ。
『今日、三月十四日はホワイトデーです。言わずと知れたバレンタインのお返しの日ですが、そのお返しには諸説様々なものがあり〜』
そう、今日はホワイトデー。
チョコを貰った男性が女性にお返しをする日。
まあ、今年は色々あってプレゼントできなかったし、先輩はそう言うことに気が付くタイプでもないのでそんなに気にしてなかったんだけど。
目の前にいるライダーが大事そうに抱えこんでいる容器に入っているお菓子を、それはそれは美味しそうに食べているとなると、
『ちなみに私が学生のころは、好きな娘にはマシュマロをプレゼントすると言う〜』
そう、マシュマロを一つ一つ大事そうに手に取り、幸せそうに食べているとなると話は別だ。
「無論、士郎の手作りです」
そう言いながらぽっと頬を染めるライダーはとりあえず放置して、
「先輩―!」
私は台所へとダッシュした。
衛宮家は今日も平和である。
「ぎゃーっ!!!」
悲鳴の一つや二つは日常茶飯事なので事件とは呼びません。
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