ライダーさんの平凡な一日 第8話「開戦」


 前回までのあらすじ

 ライダーと桜の争いがそこはかとなく勃発して激化した。
 凛が帰ってきた。
 なんつーかもう、泥沼?





 わたし−遠坂凛がロンドンから日本に帰ってきて早三日。
 衛宮家で過ごすうちに現状は把握できた。
 衛宮士郎、間桐桜、そしてライダー。
 あー、表札にはなんか『衛宮ライダー』とか書いてあったので、桜に事情を説明してもらおうとしたら切れられた。
 どんな時でも冷静沈着に意思疎通ができないようでは魔術師失格だと思う。
 ここは姉として、そして魔術師として教えてあげるべきかもしれない。
「そんな貧相な体で先輩を誘惑しようなんて百年早いんです」



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「で、何よ。あんたらあれだけ大騒ぎしてくっついたくせに、ライダーに横から掠め取られたわけ」
「取られてませんっ!」
 あちこち煤けた服で桜がそう叫ぶ。
 まあ、わたしの服も似たようなものだが。
「で、結局どうなのよ」
「……姉さんには関係ないじゃないですか」
 拗ねたようにそう言う桜を前に、私はため息をひとつついて声をかける。
「まあ、確かに士郎のことが気にならないといえば嘘だけど。一応わたしはあなたの姉よ?妹がマキリの呪縛から解放されてやっと掴んだ幸せを邪魔するわけないじゃない」
「……姉さん」
「わかってくれた?」
「旅行鞄に入ってる士郎くん人形(手作り)はなんなのか説明してもらえますか?」
「……いや、あの、それはっていうかなんでそれを?」
「しかも、いくら一人身が寂しいからって人形相手に一人芝居



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「とにかく!こればっかりは姉さんには譲れません!」
「よく言ったわ桜。こっちも諦める気はないから、せいぜい気をつけることね」
 そう言い放ち、魔術回路のスイッチを入れる。
 同時に桜も魔術を練り上げ−
「何をしているんですか、二人とも」
 横から、心底呆れたような声をかけられた。
「ライダー?」
「いいところに来たわライダー。今から姉さんに身の程を知らせてあげるところだから、手伝って」
「お断りします」
「「え?」」
 思わずハモった。
 命令した桜は勿論、わたしにとってもその反応は全くの予想外だった。
 そりゃわたしをロンドンまで呼びに来たのはライダーだったけど、ここまで明確に自分のマスターである桜に逆らうとは思わなかった。
「ライダー、どうして」
「サクラもリンも落ち着いてください。二人の気持ちはわからないでもないですが、事を急ぎすぎです。士郎の事を考えればもう少し落ち着いて行動してもいいのではないでしょうか?」
「ライダー……」
「それでなくとも、士郎の周囲の環境はここのところ劇的に変わっているのです。まずは士郎が落ち着くのを待ってからでもいいのではないでしょうか?」
 そう言うライダーはとても落ち着いた『大人の女性』の顔をしていた。
 確かにライダーの言うことは正しい。
 聖杯戦争が終わって、士郎は身体を失って人形の身体を手に入れて。
 それにも慣れてやっと落ち着いたかという時に、わたしの突然の帰国だ。
 自惚れるわけではないが、士郎も心穏やかと言うわけにはいかないだろう。
 だから結論を急がず、まず環境を整えると言うライダーの意見は正しいのかもしれない。
「じゃあライダー。その服は何かしら?」
 ライダーが普段どおりの服を着ていたら。
 そう。ライダーは今朝から例のボディスーツだった。
 全身ぴったりくっつく黒いスーツを着ていてなんていうかこう、士郎の反応はとてもわかりやすく。
 正直一本取られた気がしたけどそれをその場で指摘するのはあまりに負け犬っぽいのでやめた。
「最近正直だらけていたところがありましたので、サーヴァントの本分を思い出すためにこの服装に」
「じゃあ、どうして目のところには宝具じゃなくて魔眼殺しがあるのかしら?」
 桜の言う通り。いくらあの眼鏡が高度な魔術をもって作られた品だとしても、戦闘−特にライダーが得意とする高速戦に入ったらすぐに外れてしまうだろう。
 指摘されたライダーは首を傾げ、一分ほど悩んでから、
「先ほどの発言を撤回して、『最近めっきり春めいてきたので衣替え』ということでは」
「とっとと普段着に着替えなさい」
「えー」
「早くする!!」
 バンバン、と桜が机を叩きながらそう言うとライダーは少ししょんぼりしながら自室に戻っていった。
「だからって『サクラに脱げと言われましたから』とか言って裸でいるのは当然だめですから」
「ちっ」
 釘刺されてがら悪く舌などうちつつライダーがいなくなった後、居間で再び桜と対峙する。
けれど、さすがにもう戦う気は湧かない。
「それじゃあ、しばらくは休戦ってことでいいかしら?」
「休戦というか、先輩はわたしのモノなので姉さんが変なちょっかいさえ出さなければ至って平和なんですよ?」
 にっこりと、満面の笑みでそう告げる桜。
 まあいい。それを承知で戻ってきたんだから。
「じゃあ、これからも仲良くしましょうね?」
「はい、よろこんで」
 ほほほほほ、と。
 わたしたち姉妹は本当に朗らかな笑顔で握手をした。





―――そしてその夜。

 わたし、遠坂凛は音を立てずに客間から廊下へと忍び出た。
 そして音を立てずに歩き出す。
 もちろん目的地は衛宮士郎の寝室。
 卑怯と言う無かれ。
 そもそも魔術師の戦いの本質は騙し合い。敵の策略を見抜けない魔術師はただ負けるのみ。
 わたしに魔術を教えてくれた父の言葉を思い出し、綺礼に学んだ歩法で足音を立てずに 、それでいて普段とほとんど変わらない速度で進んでいく。
 あのエセ神父−言峰綺礼がわたしに教えてくれたものは護身術のみではない。
 戦いに必要になることを予測される体術は一通り叩き込まれた。
 あいつが只者じゃないことは知っているし、それ以上のことを知ろうとは思わない。
 目標を定め、突き進む時に余分な思考は心の贅肉となり、決断を鈍らせる。
 この遠坂凛が、あのくそ生意気な金髪お嬢との決着をほったらかして帰国したのだから、目的を果たさないわけにはいかない――!

 広い家と入っても所詮日本の邸宅。
 数分で目的の扉を視認できる場所に到達する。
 周囲に物音はなく、灯りのついていない廊下にはただ月と星の光が降り注ぐのみ。
 そしてわたしは最後の距離を詰め、衛宮士郎の部屋の前に−
 到達したところで予想外の人物と鉢合わせした。
「な、な、な、何してるんですか姉さん!」
 そう。予想外の人物−いやまあある意味予想通りの人物、間桐桜がそこにいた。
「な、なにってあれよ。ちょっと喉渇いたから水でも飲みに行こうかと」
「……枕持参でですか?」
「うっ……!」
 鋭い。
 いや、鋭くなくて至って普通の指摘と言う気もするけどそれは無視。
「桜こそ、こんなところで何してるのよ」
「い、いえわたしは、そう。ちょっと寝付けなかったから夜風に当たろうかと」
「そんなスケスケのネグリジェで?」
「うっ……!」
 そう。桜のパジャマはスケスケのネグリジェだった。
 しかも透けて見える下着はいかにもって感じの黒い下着。
 わが妹ながら、そこまでやるか。一応まだ高校生だろうアンタ。
「わ……わたしがどんなパジャマ着てようが勝手じゃないですか!」
「それを言うなら、わたしが枕持って歩くのも勝手ってことになるわね」
 そしてまた睨み合う。
 さすが桜、マキリの家に預けられていたとは言ってもわたしの妹だけある−いや、あの家に預けられたからこそわたしをも騙し通せるように成長したのか。
 いや。この際、そんなことはどうでもいい。
「いいわ。こうなったら正々堂々白黒つけましょうか」
「ええ、そうですね。ここまで来てわたしも後に引く気はありませんし、姉さんだって何もせずに部屋に戻る気は無いんでしょう?」
「当然」
 そう言って笑う。
 それを見て桜も満足したかのように微笑み、
「でも、先輩はわたしを選びますよ。今まで重ねてきた月日は伊達じゃありません」
 そうわたしに言い切った。
 それは桜の宣戦布告。
 わたし、遠坂凛が宣戦布告されて逃げるなんてことはありえない。
「言ってくれるわね。一年前の聖杯戦争の時、サーヴァント無しで死線をくぐりぬけたわたしたちの絆を甘く見ないで貰いたいわ」
 そう、だからそう言って笑ってやる。
 桜もその反応は予測していたのか、「わかりました」と言ってうなずき、二人で士郎の部屋の前に立つ。
 そして二人で同時に深呼吸をして、扉に手をかける。
「士郎、わたし−」
「先輩、わたし−」
 そう言いながら入った士郎の部屋の中では、
 部屋の真ん中に敷かれた布団の上に衛宮士郎が横たわり、
 その上にライダーが覆い被さっていた。
 ちなみに着てるのはYシャツ一枚。
 しかもボタンは外れているし、Yシャツ以外のものは下着に至るまで全て布団のそばに脱ぎ散らかされている。
「……」
「……」
「……」
 しばし部屋の中を静寂が支配し、やがてライダーは無言でその目にかかる魔眼殺しを外そうと
「ていっ」
 どごす
 問答無用で枕をライダーの顔めがけて投げつける。
 枕に魔力を注入するのは案外簡単だった。
「痛いです、リン」
「うるさいっ!!!あんた今魔眼使おうとしたでしょ!」
「いえ、眼鏡がくもったので拭き掃除をしようかと」
「その眼鏡がくもるかっ!」
 一見眼鏡に見えるが、高純度の魔力を練りこまれた鉱石の結晶である。
 めったなことでは壊れないし、汚れや結露だってほとんどしない。
「第一!こんなところで何をしているのよっ!」
「魔力補給ですが何か」
「あんた、魔力は桜から十分受けてるって話でしょうが!」
「はい。ですが、凛を迎えに行くために宝具を使用したため多少足りないのも事実です。 しかしそんなことでマスターに迷惑をかけるのも申し訳ないので自前で魔力補給を頑張ろうかと」
「そんな言い訳通じると思うかあっ!」
 何かされたのか、パジャマの上をはだけて朦朧としている士郎の上からライダーを引っぺがす。
「それになに! そのいかにも臨戦体制な服装はっ!」
 そう。
 モデル顔負けなスタイルのライダーはその身体に一枚のYシャツだけを羽織り、その他には下着の一枚すら纏っていない。
 そして普段はその長い髪の毛をまとめているリボンも外され、神話の時代に神々にまで嫉妬させた美しい髪の毛がさらさらと流れている。
「いえ、サクラに裸で迫るのを禁じられましたので」
「禁止したのはそこじゃなくて迫るところ! ほら、桜も一言言ってやりなさい!」
 桜の方を振り返りつつそう叫ぶ。
「ほら先輩、見てください。わたしもうこんなに……」
 びすっ
 習慣でポケットの中に忍ばせていた宝石を桜の側頭部めがけて全力で投げつけた。
 呪文となえる時間すら惜しかったのでそのまんまぶつけたが、いいところに当たったらしくて、桜はこめかみのあたりを押さえてうずくまっている。
「あんたも! 正々堂々白黒付けるんじゃなかったの!?」
「姉さん。姉さんも魔術師なら知ってるでしょう。魔術師同士の本質はなんです」
「あんた……」
「やむを得ません。ここはひとつ公平に三人同時ということで」
「「駄目に決まってるでしょうが!」」
 ライダーの提案を桜と同時に却下する。
「しかし、ここで争っていても状況は改善しない。騒ぎがあまり大きくなればタイガがやってくる可能性がある」
「……じゃあ、士郎に決めてもらいましょうか」
「そうですね。もともとそういう予定だったんですから」
 三人でこくり、とうなずいてから士郎の横たわる布団の方を見ると、

 そこには敷き布団と枕と掛け布団があった。
 っていうか衛宮士郎はいなかった。

「……逃げましたね」
 ライダーが冷静に言う。
 確かにさっきまで閉まっていたはずの窓は開け放たれ、外からは気持ちのいい夜風が吹き込んでいる。
「ライダー。他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)展開」
「了解しました。範囲を衛宮家敷地内に設定。あらゆる生命体の出入りを阻害します」
 ライダーがそう宣言し、その宝具が発動する。
「それじゃあ姉さん。あとは先輩を捕まえてからにしましょうか」
「ええ。楽しみね」
 さあ、それじゃあ。
 鬼ごっこをはじめるとしましょうか−






 とりあえず、鬼三人の鬼ごっこは、次の日の朝に飢えたタイガー(人間の方)がやってくるまで続けられたことを記しておく。
「おわっ!なんか土蔵が崩れてるよ!?」

「士郎があんなところに立て篭もるからですね」(ひそひそ
「だからって、宝具まで使うか普通!?」(ひそひそ
「宝具投影してまで防御し尽くしたやつには言われたか無いわね」(ひそひそ
「だってそれは遠坂が本気でガンド打ち込んでくるから」(ひそひそ
「まあ、続きは今晩ってことですね」(ひそひそ
「あ、いや今日は一成のところに行く約束が……」(ひそひそ
「「「ダメです」」」



 衛宮士郎の明日はどっちだ。





後書きとおぼしきもの

 どうも。なんだかシリーズ当初からは激しく方向性が違ってきている気がする右近です。
 全然ほのぼのって感じじゃねえしなー(笑)
 まあとりあえず、士郎を取り合うドタバタは一度書きたかったので。
 こいつらが取り合いすると、基本的にこうなると思うのですよ。やっぱり。

 まあとりあえず、今回は心置きなくドタバタ書けたので次は初心に帰ってライダーさんの日常を書いてみようかと。
 それではそういうことで、いつになるかわかりませんが次回作でまたお会いしましょう。多分。

2004.03.09  右近