満開の桜の下、シートの上に弁当を並べていると向こうの方から藤ねえがやってくるのが見えた。
「あー! なにわたしが来る前にお弁当広げてるのよう!」
そう叫ぶと速度を上げてこっちにやってくる。
そもそも、まだ詳しい場所も連絡してないのにどうしてまっすぐここに向かっていたのかとか、目を凝らしてやっと人影が判別ぐらいのところから聞こえるような大声を出すなとか色々言いたいことはあるが、それよりまず始めに思ったことは。
「もういい年なんだから、常識身につけろ……」
「年がどうとか言うなー!!」
まだかなりの距離があると言うのに俺の呟きを聞き取って叫ぶ藤ねえ。
でも問題はそこじゃなくて。
「そんなに買ってきてどうする気だ……」
確かに『料理は山ほど作るから、飲み物が切れたとかそう言う間抜けなことになら無いようにたくさん買ってきてくれ』とは言ったが、台車からあふれんばかりの量の飲み物ってのはどうなんだろう。
台車の上にケース三段ぐらい積んだ挙句にあまったスペースには缶が入ってるっぽいビニール袋。
かなりの重量であろうその台車をかなりの高速で、決して平らじゃない公園の中を全くこけることなく、周囲の人に被害を与えることもなくドリフトまでかましてくるあたり凄いとは思うがそんなことはどうでもいい。
「第一、こんなに買ってくる金渡してなかっただろ」
「ん? ネコちんに『士郎たちと花見する』って言ったらおまけしてくれたよ?」
「ああ、まあそれなら……」
それにしても多すぎる気はするが。
「『足りない分はエミやんのバイト代から引いとくよ』って言ってたし」
「今すぐ返して来いっ!」
「えー」
「まあまあ」
藤ねえをしかりつけていたら、珍しいことに遠坂に仲裁された。
「なんだよ遠坂。藤ねえをかばうなんて……」
珍しいな、と言おうと思った俺の前に立つ遠坂の表情は、とても綺麗な笑顔だった。
すこぶる笑顔。
人呼んでれっどでびるすまいる。
いや、呼んでるのは俺だけだが。
「うわーん、遠坂さんが優しいよう」
「藤村先生、ワインは……」
「うん。ちゃんと買ってきたよ?」
「お前の指示かっ!!」
「衛宮くん、こういう席でケチケチするものじゃないわよ。ライダー、これよろしくね」
「いや、そう言う問題でなく……」
いつものように聞く耳もたない赤いあくまと、その後ろで台車山盛りのビールケースを軽々と持ち上げるライダー。
怪力Bは伊達じゃない。いやだけどこんなことに使うぐらいなら伊達で構わないと思うんだけどどうだろう。
「先輩。姉さんも藤村先生もこのお花見を楽しみにしてたみたいですから……」
うつむく俺の肩に手を置いて優しく慰めてくれる桜。
ああ、やっぱり桜は俺の味方―――
「サクラ、サワー類はどこに置いておけばいいのでしょうか」
「わたしの席のそばに置いておいて下さい」
にっこりと微笑む桜とそれに従うライダーを見て、俺は遠坂と桜が姉妹だということを再確認してみた。
つまり俺に味方なし。
「はい、それじゃみんな自分のお酒もって−」
「……一応、未成年者に酒勧めるのはどうかと思うぞ、とか言ってみたいんだが」
「『花見の時に酒飲まない奴は悪人だ』って言葉知らないの?」
「知らないよそんな言葉。いったい誰が」
「切嗣さん」
ああ、オヤジ。
あんただけはいつまでも俺の味方だと思っていたのに。
見上げると、青空をバックに親父の姿が見える。
『女に飲み負けるなんてカッコ悪いぞ』
消えてしまえオヤジ。俺は正義の味方をやめたんだ。
「ほら、士郎も大空に向かって危ない感じでぶつぶつ言ってないでコップ持つ」
そう言って藤ねえが俺の手にコップを持たせ、自分のコップを高らかに掲げる。
「それじゃ、かんぱーい」
「「「「かんぱーい」」」」
かくして宴は始まった。
まあ、始まってしまったのにいつまでもぐちぐち言っててもしょうがないので宴会を楽しむことにする。
レッツポジティブシンキング。
さっき酒の量から合計金額をざっと算出して眩暈がしたけど、それは忘れることにする。
ポジティブシンキング万歳。
なことを考えてる間も酒を飲む速度が段々と加速して、酔いがまわるにつれてしゃべる内容にも段々と遠慮がなくなってくる。
「こういう花見とかしてると、『日本に戻ってきた』って実感するわね。ロンドンじゃこうはいかないもの」
「ロンドンには桜無いもんねえ」
「はい。まあ『お花見』なんだから他の花でもいいのかもしれないですけど」
「でもやっぱり『お花見』って言えば桜の花ですよね」
「それに、向こうじゃ中々こういうことするメンバーがね」
「姉さん、友達少なさそうですからねえ」
「性格きついもんねー」
ぐしゃ。
あ、遠坂がコップ握りつぶした。
まあプラスチックのコップなんだから簡単に潰れるし、割れるわけでもないからそんな騒ぐことじゃないのかもしれないが。
「友達はたくさん作ればいいってものでもないですから。わたしは気心知れた友人がいればそれでいいわ」
「うん、確かにそんな感じするね。遠坂さん、美綴さんとか蒔寺さんと仲良かったし」
「ええ。おかげで学園生活は楽しませてもらいました。友達いなくって部活が無い日はまっすぐ帰るしかないとか言うわけじゃありませんでしたから」
ぐしゃ。
あ、桜がコップ握りつぶした。
「ほらほら、遠坂さんも桜ちゃんも。コップ握りつぶしちゃだめよ?
「ああ、すいません藤村先生」
「ごめんなさい、藤村先生」
「おっちょこちょいだなあ、二人とも」
そう言って楽しそうに笑う三人。
とても朗らかに笑う三人。
なんかうち二人の笑顔がなんか怖い笑顔な気がするけどそれからは目をそらす。
今日のテーマはポジティブシンキング。
「でも、本当に綺麗な桜ですよね」
「桜の木の下には死体が埋まっているっていうしねえ」
……いかん。ポジティブシンキングとか言ってる場合じゃない気がする。
なんかやな予感がする。
このまま放っておいたら遠坂と桜が喧嘩を始めそうな気がする。
それはよくない。かけがえの無い姉妹なんだし。
「まあまあ二人とも……」
「「何っ!?」」
「いえ、なんでもないです……」
こっちを向いた二人はめっちゃ怖かった。
バーサーカー目の前にした時だってこんなに怖くなかったってマジで。
『夫婦喧嘩と姉妹喧嘩には手を出しちゃいけないよ。特にその人たちが魔術師の場合』
青空に写るオヤジのアドバイスはかけらも役に立たない。
ひょっとして俺、オヤジが死んでから思い出を美化してたんだろうか。いやそんなことは無い。きっと。
気を取り直そう。
まあとりあえず、状況を改善しなきゃいけないことにかわりはない。二人ともなんか笑顔のまま立ち上がってるし。
そうだ。俺一人の力で解決できないなら、助力を求めればいい。
「藤ね……」
「すぴー」
寝てた。
激しく役に立たんことこの上ないぞこの保護者。
そんなことしてる間もふたりの間の空気がぐにゃりとゆがんで一触即発。
二人とも魔術師なはずなのになんかファイティングポーズが堂に入ってるのは気のせいですか?
「そうだ、ライダー!」
ライダーならあの二人を止められる。
そう思って周りを見回すと、ライダーはシートの反対側の隅で一人静かに酒を飲んでいた。
桜の花びらが舞う中で日本酒をくぴくぴと飲むライダー。
ライダーみたいな美人が桜の木の下で酒を飲む姿は、とても絵になる姿だった。
……でなくて。
「ライダー、ちょっとこっちに……」
「ああ士郎、何を騒いでいるのですか。いくら宴の席とはいえ、度を過ぎた騒ぎは礼儀に反しますよ?」
「いやあの」
「『いやあの』ではありません。まあ落ち着いて、まずはそこに座りなさい」
「はあ」
何時になく強い調子で言うライダーに気圧されて、言われるままにライダーの目の前に座る。
「まあとりあえず駆けつけ三杯です」
そしてライダーはコップを取りだし、とくとくと酒を注ぐ。
「いやあのライダー」
「まずは飲んでからです。飲み会で酒飲まない人間には話す資格が無いと雷画も言っていました」
「いやでもその前に」
「なんですか」
「タイガーは酒飲まないと思うぞ」
「……」
「……」
「士郎、ずいぶん小さくなりましたね」
「にゃー」
「いやだからそれは猫のタイガーだ」
つまみ用のスルメと格闘していたタイガーも首をかしげる。
「……ライダー、ひょっとして酔ってるのか?」
「何を言ってるんですか士郎。仮にも英霊たる私がこの程度で酔うなどと」
「ライダー、それは桜の木だ」
「おおう」
めっちゃ酔っていた。
ライダーの後ろを覗き込んでみると、一升瓶がごろごろと。
「ひのふのみの……五本!? いやちょっとそれはいくらなんでも飲みすぎだろ」
「いいですか士郎。古く古事記のころから、蛇にまつわる魔物は酒を好むと言う伝承が」
「いや、ヤマタノオロチは酔っ払ったところを斬り殺されただろう」
っていうか一応ギリシャ神話にまつわる英霊のライダーが日本神話のことを持ち出すのはどうかと思うんだが。
「そう、蛇の魔物は酔っ払うと剣を持った若者に倒される運命なのです」
「はあ」
ライダーが何を言いたいのかはさっぱりわからない。
いやそもそも酔っ払いの言う事なんだからあまり深く考えても意味は無いのかもしれないが。
「そんなわけで士郎、まあこっちに来て下さい」
「いや、何が『そんなわけ』なんだかさっぱり……」
「いいから早く」
なんかもうすっかり目の座ったライダーに睨まれ、言われるままに近づいて行く。
するとライダーはゆっくりと俺の手を取り。
「―――え?」
一気に引きずり倒した。
「え? え? え?」
シートの上に横たわるライダーと、それに引きずり倒された俺……ってこの体制は旗から見るとものすごくやばい体制なのではないだろうか。
「『剣を持つ若者』としてはおそらく士郎以上にふさわしい人物はいません。さあ、今ここでスサノオの伝承を」
「いやライダーちょっと待てっ!」
「さあ、士郎の草薙の剣で私を」
「いや、スサノオが大蛇を倒したのは十握剣で、草薙の剣は大蛇の尾から出てきたんだし!」
そう、たまに誤解してる人もいるが草薙の剣はヤマタノオロチの尾から発見された剣で、実際にオロチを倒したのは十握剣だ。いやこの場合どうでもいい話だが。
でもまあライダーは指摘されてなんだか悩んでるみたいなので、この隙に体勢を−
「尻尾……ですか。士郎がそっちに興味があるというのならば構いませんが」
「全っ然違うー!!!!」
「ええい何を今さら。天井の染みでも数えていればすぐ終わります」
「いやそれ立場逆の場合の台詞だしって言うかここは花見会場だから上見ても空だし!」
そう。声に出して思いだしたが、ここは花見をしていた昼間の公園で周囲には花見客……
「あ」
そうだ、今は花見中で俺は遠坂や桜たちと……
「衛宮くん、なんだか楽しそうね」
「ライダー、何してるのかしら?」
思い出すのが遅かったっぽい。
日本有数の魔術師二人組な遠坂姉妹は喧嘩をやめて、俺とライダーの横に立っていた。
「いやあのな」
「酒の席でのことですので、少しの間目をつぶっていてくれると助かるのですが」
弁解しようとしたらライダーの言葉にさえぎられた。
なんだろう、俺には直感スキルなんて無いはずだけどこの先の展開が読める気がしてきた。
「『少しの間』って言うのはどれぐらいのことなのかしら?」
にこやかに微笑ながら問いかける桜。
「そうですね。ご休憩一時間五千円というのはどうでしょう」
それを聞いて桜はうつむいて、クスクスと笑う。
「衛宮くん?」
そして遠坂は、最近おなじみの満面の笑みを浮かべ、
「は、はい」
「お父さんによろしく」
俺めがけて宝石を投げつけてきた。
その後何があったのかはあえて語らないが、深山町中央公園の桜は散ってしまい、夜半執り行われた衛宮家家族裁判においてライダーには飲酒禁止令が下された事だけは書いておこうと思う。
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