「士郎。女の子は泣かせちゃいけないけど、女の子に泣かされるようになっちゃいけないよ」
「ありがとうオヤジ。でも多分もう手遅れだ」
「だめだなあ、士郎」
「そうね。でも子供を作ったあとにさっさと行方くらまして、子供ほったらかしにして自分の故郷で好き勝手していた人には言われたくないと思うのだけれど」
「いやお前。それには深いわけが」
「『問答無用』っていうのはあなたの国の言葉だったかしら」
「ぎゃーっ!」





「うぅ……」
 目がさめると、そこは居間だった。
 まだ少し頭がぼんやりとしたまま首をめぐらせて時計の方を見ると、まだそんなに時間はたってないようだった。
 なんだか会っちゃいけない人たちにあってた気もするんだが気のせいだろう。よく覚えてないし。
 まだ少しぼおっとした頭を左右に振って意識をはっきりさせる。
 そして辺りを見回すと……

 何だか大変なことになっていた。
 テーブルの上から畳の上から、何かが這いずった跡のようなものが部屋中についている。
 それのせいなのかなんなのか、部屋の中もあちこち色々大変なことになっていた。
 部屋の隅では遠坂と桜、それにイリヤも疲れ果てたように座り込んでいる。
「えーと」
 状況を把握しようと、桜たちのほうを見る。
 なんだかしゃべる気力も無いっぽい。
「えーと、セイバー。これは」
「逃げられました」
 逃げた。
 何が。
 この部屋にいたのは俺とセイバー、そして遠坂、桜、イリヤ。
 見たところ全員ここにいるようだが。

 まあ、いいか。
 とりあえず今は何も問題は起きてないみたいだし、みんなここにいる。
 問題が解決したんなら気にすることは無い。
 そう。テーブルの上に『料理』がないこととか、テーブルの周りが一番大変なことになっているのはただの偶然だ。





 三十分後。
 あれだけ色々あったが、遠坂、桜、イリヤと魔術師三人が力を合わせたら結構あっさり修復できた。
 魔術は偉大である。
 俺は何一つ手伝えなかったあたりちょっと悲しいが、それは今更言ってもしょうがない話なので置いておく。
 まあとりあえず部屋もすっきりして一段落したところで、桜が声を上げた。
「そういえば、ライダーは?」
 言われてみれば、ライダーは何処にもいなかった。
 藤ねえから聞いた話だとライダーも料理を作っているという話だったけど、さっきから全然姿を見ていない。
「ライダーは私が料理を始める前にどこかに行きました。恐らく材料を手に入れに行ったのではないかと思いますが」
 言われて外を見てみるが、もう日も暮れはじめている。
 いくらなんでも時間がかかりすぎじゃないだろうか。
「逃げましたか。ふがいない」
「勝手なことばかり言わないで下さい」
 溜息をつき、つぶやいたセイバーに応えたのは。
「ライダー!」
 そう。ライダーだった。
 いつの間に帰ってきたのか、部屋の入口のところに立っている。
「遅くなりました。差し支えなければすぐにでも料理を始めたいのですが」
「ああ、別に構わないけど……今まで何処に行ってたんだ?」
 そう、 ノースリーブの黒いシャツにジーンズと言ういでたちはいつも通りだが、服は所々汚れ、右手には鎖を持っている。
 どう見ても「商店街で材料を買ってきました」というわけではなさそうだ。
 ライダーは今にも料理を始めたさそうだったが、俺の問いに応えるために立ち止まってくれた。
「料理は愛情。確かにセイバーの言うことは書物にも伝えられているように真実でしょう。しかしそれだけで満足するわけにはいきません。私は材料にこだわりました」
 そう言ってライダーが右手をぐん、とひっぱると鎖が動き、その先端についていた短剣が現れる。正確には短剣が突き刺さった……

「マグロ?」

 そう、そこにあったのは切り身としては結構おなじみなマグロだった。
「産地直送というかさっき獲ってきたばかりの天然ものです」
「『獲ってきた』って……」
「はい。ペガサスで漁場に赴き、このダガーで一突きしてそのまま。漁場を探すのは多少苦労しましたが」
 そう言って今度はダガーを持ち、高々と持ち上げる。
「これを刺身にします。これならば調理にかかる時間も短縮されます」
「くっ……」
 ライダーの言葉にセイバーが驚愕している。
 確かにそこまでするとは誰も思うまい。
 市場まで行くことはあるとしてもまさか自分で取りに行くことなんか普通出来ない。
 それを可能にしたのだ。材料としてはライダーに分があるのは間違いない。
 ……いや、セイバーのあれはある意味凄かったけど忘れよう。この際。
「それでは台所を借ります」
「ああ、藤ねえの家の厨房借りていいらしいぞ。それ捌くならそっちのほうがいいんじゃないか?」
「はい。それではそちらへ」
 そう言うとライダーはマグロをこともなげに持ち上げ、藤ねえの家のほうにすたすたと歩いていく。
「まさか、材料を狩って来るとは……」
「いやセイバー。そんなに悔しがらなくても」
 がっくりと膝をつき、落ち込むセイバーにそう声をかけるがショックは隠せないようだ。
 そんな姿を見てなんとか慰めるべきだろうか、とか思っていたら遠さかに声をかけられた。
「ところで士郎」
「何だ?」
「桜でもいいんだけど。ライダーって、魚捌けるの?」
「いや、見たことないけど」
「わたしも知りません」



 風が吹き抜けた。
「えーと」
 何だろう。とてつもなく不安になってきた。
「しかし、ライダーは『シロウに料理を教わった』と」
 セイバーに言われてみんな俺のほうを見るが、そんな記憶は―――
「あ」
「何よ。思い当たることでもあったの?」
「そう言えば前、マシュマロの作り方は教えた」



 また風が吹きぬけた。
 そして無言のまま全員で駆け出し、藤ねえの家に。
 立派な門をくぐり、勝手知ったる何とやらで一目散に厨房に―――

ごがしゃばきゃばきゃばきゃ

 たどり着く寸前に中から凄まじい音が聞こえた。
 慌てて中に入ると、真っ二つに切られた……と言うよりぶった切られたと言う方がふさわしいマグロと粉砕されたまな板、地面に突き刺さるっていうか調理台すら切り裂いている出刃包丁。
 これだけやって折れてない包丁はある意味凄いなって言うか問題はそこではなく。



「もう少し待っていて下さい。この調子で二枚が四枚、四枚が八枚とばらばらに」
「厨房粉砕する気ですかっ!」



 その手に新しい出刃包丁を持ってそういうライダーに、何だか久しぶりな気がする桜のドロップキックが炸裂した。




 結局、その日の夜は藤村家の料理人の人が作ってくれたマグロ尽くしになった。
 厨房はかなり豪快に破壊したが、雷画爺さんは豪快に笑って許してくれたのでよしとしよう。
 ライダーとセイバーには桜と遠坂が叱ってくれてたし。
 まだお許しは出ていないらしく、二人とも部屋の隅で『反省』と書かれたプラカードを首からかけたまま正座させられている。
 さすが申し訳ないと思ったのか、しょんぼりしているように見える。
 まあ、理由はよくわからないけど二人とも頑張ってくれたんだし、このままっていうのもかわいそうな話だ。
 一応遠坂と桜の方を見るが、二人とも予想していたようで『あとはお願い』とでも言うかのように頷いてきた。
 あの二人も叱ってはいたけど、そう本気で怒っていたわけではないんだろう。
 ライダーもセイバーも、なんだかんだ言ってもこの世界のことには疎いところもあるし、こうやって少しずつ覚えていってもらわないと。
 そして俺は桜に言われた通り、素直に正座して反省している二人の前に立つ。
 また叱られるとでも思ったのか、肩を少しぴくりと震わせる二人に優しく声をかけた。
「二人とも。気持ちはありがたいけど、無理するものじゃない。できることをやればいいんだから」
 そして二人の反応を見る。
 まだ正座は崩さないけど、緊張が大分和らいだように見える。
 俺はそれを見て安心して、もう一言付け加える。
「料理だってだんだん覚えていけばいいよ。なんだったら教えてあげてもいいから」
 それを聞いて二人は顔を上げる。
 そして俺の顔を見て、はっきりとした声で返事を返してくれた。
「「わかりました」」

 そう。これからの生活で、何度も失敗するかもしれない。
 でも、それはその度に直していけばいいことだ。
 聖杯戦争はもう終わり、平和になった今ならいくらだって時間はあるんだから―――
 もう一度周囲を見回し、我が家に住む人たちの顔を見てそう思った。









 えぴろーぐ。

 衛宮家の庭。
 桜は自分のサーヴァントを怒鳴っていた。
「何してるんですかっ!」
「士郎が鯨料理を食べたいと言っていましたので」
 そう。確かに昨日そんなことを言っていた。
 たまたま見ていたテレビで鯨がどうとかいう話をやっていたのを見て、何気なくぽろっと士郎が漏らした言葉。
 士郎だってそんな真剣に言ったことでもないし、日常を過ごすうちに忘れられるはず―――事実、ライダーが獲ってくるまで桜だって忘れていた―――の言葉。
 そんな言葉を聞いて、ライダーは鯨を獲ってきたらしい。
 例によってペガサスに乗って漁場に直行、そのまま捕獲という荒業をかまして。
「そんなの捌けるわけないでしょっ! まだ懲りてないんですか!」
 ある意味当然とも言える指摘をするが、ライダーはうろたえるそぶりすら見せない。
 それどころか桜とは対照的に、あくまで冷静に言葉を返す。
「サクラ、馬鹿にしないで下さい。私とてあの一件で確かに学びました」
「じゃあ」
「私は確かに捌くことができない。ですから、捌くことはは他の人に任せます」
「こんな大きなもの、いくら藤村先生の家の料理人でも―――」
「可能です」
 桜の言葉を遮ったのは、セイバー。
 しかしその姿は普段のブラウスとスカートではなく。
 だからといって白銀の鎧でもなく
 なんだろう、世間一般で言う魚河岸のおやっさんみたいな格好。
 額にきりりと巻いたねじり鉢巻がらぶりー。
 そしてその手にあるものは、星を鍛えた最強の幻想。
「このエクスカリバーをもってすれば鯨の一匹や二匹」
「宝具をそんなことに使うんじゃありませんっ!」
 桜、大爆発。
 でもセイバーとライダーは聞く耳を持ってない。
 どうも、ライダー一人ならともかくライダーとセイバーのコンビを押さえ込むのは桜一人では重荷っぽい。
 しかし、こういう時に助けになってくれそうな士郎と凛はそれぞれの友人の家に出かけてしまってここにはいない。
 どうしたものかと悩んでいると、家の中からイリヤがやってきた。
「サクラ、レディなんだからあんまり大声出すのはどうかと思うわよ?」
「でも」
「わかってる。私からも一言言わせて貰うわね」
 そう言ってイリヤはセイバーの前に。
 そして、外見からは想像できないほどに落ち着いた、例えて言うならば子供に言い聞かせる母親のような表情で微笑んだあとに口を開いた。
「いいかしら、セイバー」
「なんですか? イリヤスフィール」
 そう、現在セイバーは聖杯から直接魔力の供給を受けているが、それを制御しているのはイリヤである。
 つまり、イリヤに逆らえば最悪現界することが不可能になる。
 そのイリヤの言うことならば、セイバーだって無視できない。
 そんなことを思いながら桜が二人を見守っていると―――
「セイバー、鯨は「一匹、二匹」じゃなくて「一頭、二頭」って数えるの」
「ありがとうイリヤスフィール」
「そうじゃなくて!」
 豆知識を披露した。
「何よ。こういう間違いは早めに気づいておかないと将来恥かくのよ?」
「それはそうかもしれないけど、今問題にするべきところは底じゃありません!」
「セイバー。それでは鎖を解きますので後はよろしくお願いします」
「了解しました。このエクスカリバーをもってすれば鯨の一頭や二頭」
「人の話を聞きなさーいっ!」


 今日も今日とて衛宮家は平和である。
 今更高さ5mの影の巨人やら謎の光線やら爆発やらが飛び交っても近所の人も気にはしない。

「がっはっはっはっは。シロ坊んとこはにぎやかでいいのう」
「はい」
 隣接した藤村組も平和だった。
 こんなもんに驚いてたら極道はできないのである。





後書きとおぼしきもの


 またまたすげぇ久しぶりです、右近です。
 なんか最近恒例ですが、遅れまくってごめんなさい。
 前回の話で「後編はプロットできてるので、遅くとも来週中には必ず」とか言いながら一ヶ月たってるわ短くまとまらなくて、苦肉の策の2ページ構成だわでもう。
 次はもうちょいまとめます。はい。

 で、今回の話は(最近ずっとって説もあるけど)ライダーさんの出番少ないです。
 でもまあ落ちは持ってったし、キーパーソンは間違いないのでまあいいかなー、とか言い訳しつつ。
 とりあえず次はライダーさん完全メインで行こうと思います。はい。

 とかいいつつしばらくはまたFate以外の書かなきゃならんので気長にお待ちくだせい。それでわ。

どうでもいい話:今回のテーマは「ライダーとセイバーの友情が芽生える」「藤村組の人たちのキャラを作る」だったり。
          まあ、なんとかなったか?(不安げ

2004.07.30 イリヤの母親のくだりがおかしかったので修正しましたって言うか何であんな勘違いしてたんだかと海より深く反省。

p.s.感想いただける方は掲示板の方で是非。メールはお返事ほとんど書けてないです。ごめん。

2004.07.28  右近