Happy Birthday Suzuha


 大所帯になった未来ガジェット研究所だが、いつも全員がそろっているというわけではない。
 萌郁とフェイリスは仕事があるし、まゆりとルカ子には学校がある。よってこのラボにいるのは俺とダル、それに紅莉栖と言うことが多い。
 しかし紅莉栖もダルもラボで過ごすことが多いと言っても、常にいるわけではない。もちろんそれは俺もそうなのだが――とにかく今日は俺しかいなかった。
 別に毎日顔を出すことが義務というわけでもないので、こういう日もある。
 ラボメンがいつの間にやら八人となり、最近騒がしかったのでたまにはいいだろう。
 開け放たれた窓の外からは車の音が聞こえてきたりもするが、テレビもつけていないラボ内で音を立てるものはない。
 考えていればこのラボを設立したとき――まゆりがやってくるまでの間はずっとこうだった気がする。未来ガジェット研究所という名前で立ち上げてみたもののすることもなく、ただぼんやりと過ごしたあの頃。しかしあの頃と違い、たとえ今は俺一人だったとしても――
「やっほー! 誰かいるー?」
 こうやって誰かがやってくる。何となく時計を見て確認してみたが、誰もいないラボでしんみりと思いにふける時間は五分がいいところだった。
「鈴羽、もう少し静かに入ってこれんのか」
「あ、リンリン。おっはー」
 そして俺に叱責されたラボメンナンバー008こと阿万音鈴羽はというと、そんなことまるで気にせずいつもの挨拶をしてきた。ポーズつきで。
「その挨拶はいい加減諦めろと言うかリンリンもやめろ」
「えー」
 もう知らない人間の方が少数な気もするが一応今一度説明しておくと、阿万音鈴羽は2036年からやってきたタイムトラベラーである。とある理由で2010年にやってきたと思ったらダルとあれこれあって大変なことになりつつも何とか問題を解決し、2036年に帰ったと思ったらまた2010年にやってきて「未来が大変なんだ!」と俺を拉致ってまたタイムトラベルしたりした。全くどこのハリウッド映画かと言いたい。それならタイムマシンも人工衛星型ではなく車に搭載するべきだろう。現にタイターはシボレーに搭載したと言っていたし。個人的にはカウンタックを希望したい。
 さておき、そんなわけで色々大変なことに巻き込まれつつも何とか解決して戻ってきたわけだが――何故か鈴羽もそのままこっちに滞在している。過去への干渉は最低限とかそういう話はどこに行った。
 ついでに言うと先ほどの『リンリン』というふざけた呼び名は鈴羽が2036年の俺を呼ぶときに使っている愛称らしい。細かい説明は聞かないことにした。というか何故照れくさそうに説明しようとした。
 そんなわけで俺は未来を知ることができないという、盲目の希望を実感しながら日々を過ごしている。
「なんだ、またさぼりか。お前がバイトをさぼってミスターブラウンに怒られるのは勝手だが、それにこの俺を巻き込むな」
「もう、酷いなあ。今日はお店も休みなんだって」
「……そうなのか?」
 普段から開店休業みたいな店なのに、休日まであるとか大丈夫なのだろうか。
 まあ、恐らくはあの小動物の学校行事があったか家族サービスでどこかに出かけるとかそんな理由だろうが。
 そういうことなら鈴羽を責める必要もなくなり――というか正直なところ一人ですることがないのも事実なので相手をしてやることにする。これもこのラボの責任者である俺のつとめというヤツだ。
「で、なんの用だ」
「ケーキ作りたいんだけど、材料売ってるとこ知らない?」
 それにしても鈴羽の言葉は突拍子もなかったが。ラボとか未来ガジェットは全く関係がない。
 とは言ってもここで『知らん』と突き放すのもどうかと思うので、一応話を聞いてやることにする。
「ケーキなどわざわざ作らずとも、メイクイーンにでも行けばいいではないか」
「おっきいのを食べたいんだ」
「1ホール食べたいとかそう言うことか」
「うん。生クリームもたっぷり使ったやつ」
 なるほど。確かにメイクイーンには数種類のケーキがメニューにあったが、流石に1ホールは注文できなかったと思う。頼めば持ってきてくれるのかもしれないが、あいにくとそんなチャレンジャブルな精神は持ち合わせていない。
「いやー。未来じゃ食べられなかったんだけど、雑誌で写真を見たら我慢できなくなっちゃって」
「『未来じゃ食べられない』って……2036年にはケーキが存在しないのか?」
 そんなことがあるのかどうかはわからんが。
 しかし最近材料価格の高騰がどうとかニュースで聞くし、材料不足でケーキは常識外れな贅沢品になっているとか――
「ああ、違う違う」
 どうやら深刻な顔をしていたらしい俺を見て、鈴羽は笑いながらその首を勢いよく左右に振って否定する。
「父さんがあんまり食べさせてくれないんだ。『そんなに食べたらぶくぶく太るぞ』って」
「自分のことをさておいて……」
 鈴羽がもう一度2036年に戻ることになったら、土産に姿見を持たせることにしよう。
「ううん、未来の父さんは痩せてるよ?」
「え?」
「この時代で初めて見たときびっくりしたもん。母さんから『お父さん、昔すっごく太ってたのよ』とは聞いてたけど」
 鈴羽の言っていることの意味がわからなかった。
 ダルが痩せているとか、紅莉栖が素直と同じぐらいありえないだろう。
「写真あるけど見る?」
「いや、いい」
 そんなものを見たら俺の精神がヤバイ。
 それよりケーキだ。
「ケーキの材料というならスーパーに行けば揃いそうなものだが……流石にケーキは作ったことがないからわからんな」
「え、リンリンって料理できるの?」
「だからリンリンはやめろと……。まあ、料理と言ってもパスタとか焼きそばとか炒飯とか、手間のかからないものならなんとかという程度だが」
「食べさせて貰ったことないよ!?」
「いや、お前ダルの娘だろ?」
 なぜ俺が怒られなければいけないのか。
 そもそも料理は親が店に出ていると飯を作って貰えないこともあるので必要に迫られて適当にやってみただけだ。人に振る舞えるようなものではない。
 さらにいうなら未来で俺が鈴羽に料理を振る舞うような関係だったのかという疑問もあるが、それについては知らないでいようと思う。盲目の希望超大切。
「手作り用のセットとかもありそうなものだが……ドンキに行ってみるか?」
 そもそも秋葉原でケーキ作りの材料を買うとか無理がある気がしてならないが。
 普通の食材ならいつものスーパーで足りるだろうが、ケーキとなるとどうなのか。とりあえず出かけてみて無駄足を踏むという非効率的なことはしたくないが――
「今すぐじゃなきゃいけないってわけでもないし、牧瀬紅莉栖とか椎名まゆりが来るの待とうか」
「いや、今すぐ行こう」
「え? どうしたのさ、急に」
 俺の第六感がヤツらに料理させてはいけないと言っている。まゆりの料理が下手なのは中学の調理実習でこの身を持って味わっているし、紅莉栖の調理の腕前は未知数だが――俺のゴーストが『逃げろ』と囁くどころか絶叫し続けている。
「よし! 未来ガジェット研究所、出撃だ!」
「おー!」
 かくして俺は鈴羽を従え、とりあえずドンキに向かって旅立ったのであった。

   ◇

 数十分後、俺の両手には荷物がぶら下げられていた。最近の秋葉原はオタグッズと電化製品のみならず、普通の雑貨を気軽に買えるようになってくれて非常に助かった。ありがとうドンキ。さすがに卵と果物はスーパーに行ったが。
 ラボにも一応調理器具はあったはずだが、確認しないで出てきたので必要そうなものを片っ端から買う羽目に陥り、結果としてわりと凄い量になっている。
「やっぱあたしが持とうか?」
「こ、これぐらい軽いものだ……ッ!」
 確かに鈴羽と俺の腕力を比較すると、遺憾ながら鈴羽の方が上なのは事実である。だからといってここで鈴羽に荷物を任せて俺が手ぶらと言うことになると、実に見栄えが良くない。女連れで歩いて自分は手ぶらで女に荷物を押しつける男ってどうかという話である。俺と鈴羽は断じてそう言う関係ではないが、何も知らない一般人がどう見るかは別の話だ。
 更に言うなら、一度持ってしまった荷物を『ゴメン無理』と渡すというのはこの鳳凰院凶真の沽券に関わる。
「それより、お前はその卵を死守するのだ。ついうっかり割ってしまってもう一度スーパーに戻るのはごめんだからな!」
 本当にごめんである。もう結構歩いてきたので、今から駅前のスーパーに戻るとか本当にごめんである。そんな俺の考えを知ってか知らずか、鈴羽は何だか楽しそうににへにへ笑っていた。
「……で、もう買い忘れはないな?」
「うん。チェックリストでしっかり確認したから大丈夫」
 まあ、鈴羽に言われるまでもなく俺も一緒に確認していたので大丈夫だとは思うが。なんとなく落ちつかなかったから聞いてみただけである。
「これを持ち帰ったらクリームの泡立てやらなんやらが待っているのか……」
「そっちはあたしが頑張るから、リンリンはゆっくり休んでてよ。できあがったらご馳走するからさ!」
「期待せずに待っておこう」
「あー、ひっどーい!」
「はっはっは。あと、せめて他のラボメンがいるときはその呼び方やめろな」
「はーい」
 いつもはラボに集まってやいのやいのと色々やっていたが、たまにはこうして外出してみるのもいいかもしれない。夏休みの間にラボメンのみんなでどこか行くか――。
 そんなことを考えている俺の数歩前を歩いている鈴羽は、よっぽど楽しみなのか指折りしつつレシピを呟いている。
「卵を泡立ててー、小麦粉を入れてー、生地を作ってー」
 今の鈴羽は俺と同年代のはずなのだが、こうしてみるともっと年下の子供のようにも見えてくる。それは鈴羽本人が子供っぽいのか、それとも鈴羽の主観では俺は『オカリンおじさん』ということなのか――いや、今の鈴羽はその呼び方をしないが。というか『リンリン』とか呼んでいて大丈夫なのか? そんな風に呼んで十八の鈴羽がべたべたとしてきたら――いや別に誰も怒ったりするはずが――いや、そうだ。ダルがいい顔をしない。きっと。俺は他の誰も恐れてなどいない。本当だ。
「生地を型に入れたらオーブンで――」
「待て」
「え?」
 思考が変なところに方が向かいそうだったところで、聞き捨てならない言葉が聞こえた。「どうかした?」
「鈴羽よ。今なんて言った?」
「え? だからケーキのレシピを――」
「いや、もっと細かく」
「えーっと……生地を型に入れたらオーブン?」
「そう、それだ」
 指摘してやっても意味がわからないのか、キョトンとした表情で首をかしげる鈴羽に俺は冷酷きわまりない真実を告げる。
「我がラボに、オーブンレンジはない」
「あ」
 電子レンジならあったが、それもDメール実験のために蓋を取り外したのでものを温める役には立たない。更に言うならもし蓋を外してなかったとしても、元は拾った電子レンジを修理したものなのでオーブン機能などついていない。はずだ。
 気づくのが遅いにも程があるが。
「……どうしよう、これ」
 俺が両手に抱え、鈴羽の手に下がられているケーキ作りの材料やらなにやら。
 その全てが一瞬にして無駄になったと言う事実を把握した鈴羽は唖然とし、そして落胆しながらそう呟いた。
「ふん、舐めるなよ阿万音鈴羽。この鳳凰院凶真に不可能はないのだ!」
 そう言うと俺は白衣の裾を翻らせつつ颯爽と振り返り、携帯を取り出し――
「……リンリン?」
「すまん。電話する間荷物持っててくれ」
「はいはい」

   ◇

「……で、ここ?」
「ああ、確かに指定されたのはここなのだが……」
 俺と鈴羽はビルの前に立ちつくしていた。
 秋葉原タイムズタワー。UPXビルの隣にそびえ立つ高層ビル。
 UPXはイベントがあったり講義があったり、値は張るものの食事できる場所があるので利用することはあるのだが、こっちのビルは正直なんなのか知らなかった。
『実は高級マンションでした!』とか真相を明かされても、正直なところ実感が湧かない。まるで別世界の話である。
 では、何故そんな縁もゆかりもないビルの前に立ちつくしているのかというと。
 言うまでもなくさっきの電話が原因である。
『もしもし、フェイリスだニャ』
「……俺だ」
『凶真? 珍しいニャ、凶真から電話してくるなんて』
「ああ、早速ですまんが頼みがある」
『頼み?』
「実は、オーブンを貸して欲しい」
『……ニャ?』
 状況がさっぱりつかめないらしい――いやまあ説明してないんだからわからなくて当然なのだが。
 そんなわけで俺がこれまでの出来事をかいつまんで説明すると。
『つまり、ケーキを作ろうと材料を買い込んだ後にオーブンが無いことに気がついたと』
「……ああ」
 かいつまんだら思いの外簡潔になってしまった。
 そして状況を把握したフェイリスの答えはと言うと。
『凶真とスズニャンはアホの子だニャ』
「うっさいわ!」
 自分でもうすうす感じていることを他人に指摘されると、実に腹が立つ。
「それで、どうなのだ! 貸してくれるのかくれないのか」
『まあ他ならぬ凶真からの頼みだし、いいニャ。うちに来れば貸してあげるニャ』
「メイクイーンじゃないのか?」
『今日はフェイリス休みだし、何よりメイクイーンにはオーブンはございませんニャ』
「え、でもケーキ出してる……」
『そんなの、業者から仕入れてるに決まってるニャ』
 かくして俺はメイド喫茶の裏側を見つつ、見事オーブンの使用許可を得たのであった。
 ……得たのだが。
「いらっしゃいませだニャ!」
「う、うむ。邪魔するぞ」
「お邪魔します」
 エントランスで部屋番号を押してインターフォンで呼び出したら男性が出て驚き、その人が執事だったと聞いて驚き、更に言うならフェイリスの住んでいるのはこの高級マンションの最上階だと知って更に驚き、とにかく驚きまくりながらフェイリスの家にたどり着いた。
 ここに来るまでにさんざくた驚いたので、内装が豪華とか景色が絶景とかフェイリスは自宅なので私服だけど猫耳は外していないとかそんな些細なことに驚いたりはしなかった。
「それで、どうするのニャ? オーブンはいつでも使えるし、一休みするならそれでもいいけど」
「どうする?」
「うーん……じゃああたしはケーキ作るから、リンリンは休んでてよ」
「……リンリン?」
「ちょ、おま、鈴羽!」
「あ、ごめん。えーっと……岡部倫太郎?」
「だからそこで疑問形にするな! 余計怪しいだろうが!」
「スズニャン、ケーキ作りは一人で大丈夫かニャ?」
「うーん、レシピ本見ながらなら多分」
「黒木」
「かしこまりました」
「オーブンの使い方とかも併せて、黒木に聞くといいニャン」
「わわ、よろしくお願いします!」
「いえ、こちらこそよろしくお願い致します」
 そして俺の意見などよそに鈴羽は執事の黒木さんといっしょにキッチンへと向かい。
「凶真、飲み物は何にするニャ?」
「いや、そんなに気を遣わなくても――」
「だってこれからいっぱい話して貰うんだから、何も飲まないとさすがの凶真でも喉がからからになると思うニャ」
「ドクターペッパーはあるでしょうか……」
「キンキンに冷やして用意してあるニャ」
 俺の戦いはまだこれかららしい。

   ◇

 数十分後。俺は人の心を読む猫娘との戦いを危ういところでなんとか生き延びていた。
「じゃあ、スズニャンの呼び名が変わったのは凶真が何かしたってわけじゃないのかニャ?」
「ああ。この前のダルの騒動で手助けをしたが、それだけだ。特にそれ以上何かしたというわけではない!」
 いや実際にはもう少し色々あったが。
 しかしながらこの猫娘――フェイリスが聞きたいのは男女の色恋沙汰がどうしたこうしたという話であり、そう言った観点から見れば何も特別なことはしていない。……少なくとも俺の主観では。
 確かに以前と比べて鈴羽と仲良くなったように見えるかもしれないが、それもフェイリスではなくまゆりから見ると「オカリンとスズさんはなかよしさんだねえ」とにこにこ見られるだけである。そう、悪いのはちょっと男女が仲がよくしていると付き合ってるだ何だと邪推する方なのだ!
「最近のスズニャン、前にも増して凶真にべたべたしてるからニャア」
「鈴羽がスキンシップ過剰になりがちなのはお前も知っているだろう。ダルがそれに惑わされてトチ狂ったのを間近で見ていた俺が、そんなものに惑わされるわけもない」
 その辺の事情は、例の一件が片付いた後にフェイリスにも説明してある。
 あの騒動――鈴羽がつい自分の親にする感覚で抱きついてしまったが為にダルが勘違いしてフェイリスすら目に入らなくなったというあの事件。
 あれで誰よりも苦労した俺が鈴羽のスキンシップに惑わされることなどあるわけもなく――
「じゃあ、フェイリスのスキンシップはどうかニャ?」
「な――ッ!」
「冗談冗談。フェイリスまでクーニャンに睨まれるのはごめんだニャー♪」
「じょ、助手は関係ないだろう!」
「ふふん、果たしてそうかニャ?」
 いや確かに最近の紅莉栖は不機嫌であり話しかけても何だかぷりぷりしているけど、それは決してそう言うことではなく。
「ニュッフッフー、クーニャンの名前を出せば凶真は一発だニャ」
「ええいこの性悪猫娘!」
 散々からかわれてしまったが、フェイリスがからかってきたと言うことはこれ以上問題に深入りしないと言うことだ。俺にとってラボとラボメンが掛け替えのない存在であるのと同じく、フェイリスもラボを大切に思ってくれている。
 だからフェイリスは俺が絶対に話そうとしないことを無理に聞き出そうとはしないし、俺もフェイリスの家が超がつくほど高級マンションであることを根掘り葉掘り聞き出そうとはしない。お互い、言いたくなったら言えばいいのだ。
「でもなんでいきなりケーキを作ろうと思ったニャ? メイクイーンじゃなくても、ちょっといけばケーキ屋さんだってあるのに」
「ああ、それは鈴羽が1ホール丸ごと食べたいと言い出してな」
 言いながら鈴羽が1ホール丸ごとのケーキを前に置いてナイフとフォークを両手に持ち、幸せそうな笑顔で一心不乱にケーキを食べる姿を思い浮かべてみる。
 実にしっくり来て、笑い声を抑えきれなかった。
「きょ、凶真。あんまり変な想像したらスズニャンに失礼だニャ」
「フェイリスよ、貴様こそ笑っているではないか」
 もちろんバカにするとかそんな意味はないが、その姿があまりに幸せそうと言うか微笑ましすぎて。
 そしてフェイリスも同じようなことを想像したのだろう。それでも一応猫耳メイドの矜持なのかお嬢様のプライドなのかはわからないが、姿勢良く座ったままで必死に笑いをこらえている。
「スズニャンは本当に腹ぺこキャラまっしぐらだニャア」
「まあ、運動してるみたいだからいいんじゃないか?」
 特にジムに通っているとかそんなことはないようだが、体を動かすのは好きらしく、ちょっと時間があるとあのマウンテンバイクを走らせてどこかに行っている。たまにバイト中もどこかに行って怒られたりしているのも見るが。
 そんなことを言い合いつつ二人で笑いをこらえていると、キッチンの方から声が聞こえてきた。
「できたー!」
 まるで勝ち鬨の声のように高らかに。
 そして少し待っていると、高級レストランとかで見るような――とは言っても行ったことはないのであくまでテレビで見たことがあるだけだが、とにかく車輪つきの台に乗せてエプロン姿の鈴羽がやってきた。
「どうだー!」
 そしてテーブルへと移されたケーキは、見事なショートケーキだった。あれ、切ってないケーキはデコレーションケーキだったか。
 とにかく、流石にプロ顔負けとは言わないが見事なできばえだった。
 少なくとも異臭を放つアップルパイや納豆が入ってグレープフルーツがアクセントになっているサラダではない。そう、本来料理イベントとはこういうものが出てくるべきなのだ!
「……凶真?」
「ああ、すまん。前世かあるいは別次元での記憶があふれ出して」
 何だか訳のわからない記憶に翻弄されそうになったが、改めて鈴羽のケーキに向き直る。
「見事なものではないか」
「でもこの上、もうちょっとフルーツを置いた方が良かったんじゃないかニャ」
「言われてみれば、確かに」
 鈴羽が望んでいたとおり生クリームをたっぷり使ってデコレーションされているが、上面の真ん中あたりがなんだか寂しい。イチゴを乗せないのであればクリームで何かすればいいと思うのだが。
「あ、それは」
 しかしそれはミスだったわけではないらしく、鈴羽はケーキの腋に添えてあったチョコのプレートを上に置くと、仕上げとばかりにデコペンで器用に字を書いた。

『Happy Birthday Suzuha』

「……え?」
「……ニャ?」
 そして唖然とする俺とフェイリスをよそに鈴羽はロウソクを立てると恥ずかしそうにはにかみながらその口を開いた。
「いや、せっかくの誕生日だから」
「誰の」
「あたしの」
 時が止まった。
 ――そして時は動き出す。
「そうならそうと早く言え!」
「そうだニャ! スズニャンの誕生日だったらメイクイーンを貸し切りにしてもいいレベルだニャ!」
「いや、いいよ恥ずかしいし。それに今日はみんなラボにいなかったし、わざわざ呼び出すのも――」
「ちょっと待ってろ!」
 そう告げると俺は携帯電話を取り出し、アドレス帳から名前を呼び出すと電話をかける。
「俺だ。いや、今はお前の戯言に付き合っている暇はない! 緊急招集だ、五分で来い!」
 電話口の向こうでぎゃいぎゃいと騒ぐ声を無視して集合場所を告げ、電話を切る。
「い、いいよそこまでしなくても……」
「黙れ! この鳳凰院凶真の部下であるラボメンに、『誕生日に自分でケーキを作って食べました』などというトラウマものの思い出を与えるわけにはいかないのだ! お前は今日の主役らしく座っていろ!」
 そして鈴羽にそう告げると、次の電話をかける。
「ああ、ダルか。緊急招集――何!? 貴様が来なくては始まらんだろうが!」
 ええい、未来の自分の娘の誕生日をすっぽかすとか悪逆非道なヤツめ。かくなる上は――
「会場はフェイリスの自宅だが」
 また集合場所を告げて電話を切る。
「待っていろ。この俺の名にかけて、絶対にラボメン全員を集めた誕生会を開催してみせる!」
「……それじゃあフェイリスは飾り付けの準備をしようかニャ」
「ああ、頼む」
 フェイリスはメイクイーン+ニャン2のナンバーワンメイドとしてこの手のイベントには慣れているだろうし、何よりここの家主である。装飾その他は全て任せ、俺はパーティーグッズの買い出しおよびラボメンとの合流のために外へと向かう。
「バイト戦士、貴様は今日一日何もせずおとなしく待っているがいい。この鳳凰院凶真がお前に決して忘れられない誕生日と言うものを味あわせてやろう!」
 そして俺の言葉を聞いたバイト戦士は嬉しそうな――嬉しそうなのに泣き出しそうな、そんな初めて見せる表情を浮かべ。
「……ありがと、リンリン」
 そう呟いた。
 その姿は今まで俺が見た様々な鈴羽と全然違い――
「作戦開始は一時間後とする! それまで現状で待機せよ!」
 そう言いはなって走り去ることしかできなかった。

   ◇

 結果としてラボメンは全員集まり、鈴羽の誕生パーティは大変盛況なまま夜を徹して行われたことを追記しておく。できることならミスターブラウンとシスターブラウンにも参加して欲しかったが、家族旅行らしいのでしょうがない。
「全く。パーティするならするで、そう言えばいいでしょ」
「ええい、やかましい。前もって日にちを聞いておけばもうちょっとちゃんと準備できるのだ!」
「そうだ、オカリン。せっかくだからみんなの誕生日を聞いておこうよ。ちなみにまゆしぃは二月一日なのです」
「おお。さすがまゆり、いいアイディアだ。では続いてそこの助手、言ってみろ」
「……七月二十五日」
「えっ」
「あっ……」
「な、何? べ、別にそんな無理して祝って貰わなくてもいいんだから! ほら、他の人!」
「そ、そうだな! では……ルカ子!」
「は、はいっ!?」
「『はいっ!?』ではない。今の話は聞いていたのだろう? 言ってみろ」
「あの……」
「ええい、おどおどするな。言ってみろ!」
「は、はい! 八月三十日です!」
「えっ……」
「いえ、僕もそんな無理に祝っていただかなくても。もちろん祝って貰えれば嬉しいですが……」



 その後、ラボメン全員の誕生日をチェックしたところ萌郁が六月六日、ダルが五月十九日でフェイリスが四月三日と見事に通り過ぎていることが判明した。
 ちなみに次に誕生日が来るのは俺の十二月十四日でその次はまゆりである。
「自分の誕生パーティーを催促する男の人って……」
「ええい、やかましい! そこまで言うなら一週間後、まゆりも含めて祝い損ねた全員分、この鳳凰院凶真が手ずから準備してまとめて祝ってやろう!」
「無理しない方がいいんじゃないかしら?」
「見てろよ貴様! 絶対当日に『ありがとうございます、鳳凰院様』って感激の涙流させてやるからな!」
「はいはい、やってみなさいって」
 売り言葉に買い言葉の結果、死ぬほど大変な思いをしたことだけ記しておこうと思う。
『あたしはちゃんと祝って貰ったから』と鈴羽が手伝ってくれたのでなんとかなったは。
「……リンリンって、どの時代でも変わらないよね」
「俺は未来でもこんななのか……」
「うーん……そう言う意味だけでも、ないんだけどな」
「なんだそれは」
「知―らない♪」



後書きとおぼしきもの


 そんなわけで鈴羽誕生日SSです。原稿もあるので短くちゃちゃっと済ませるつもりが、あれー?
 さらに、紅莉栖SSじゃなく鈴羽SSだとオチも綺麗に。あれー?
 そんなことはさて置いて、はっぴばーすでーバイト戦士。生まれるのは6年後だけど。
 これで俺は原稿に集中できます。いや、集中できるかどうかは別問題泣きもするけど。
 〆切まで十日ちょいなので頑張る。

2011.09.27  右近