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              ある日、リビングで雑誌を読んでいた俺にみなもが声をかけてきた。 
「ねえまこちゃん」 
「ん?」 
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」 
「ああ、なんだ?」 
 なんとなく読んでいた旅行雑誌を閉じて、みなもの方を向く。 
 みなもは窓の外を見ながら、何か考えているようだった。 
 何か言いたそうにはしているが、なかなか言葉が出て来ないようだ。 
 無理に聞きだすのもなんなので、俺もなんとなく隣に立って窓の外を見る。 
 寒いと思っていたら、いつの間にか雪が降っていた。 
「ひなたちゃん、ついてないね」 
「ん? ああ、そうだな」 
 ひなたは一昨日から友達と旅行に行っていて、明日帰ってくる予定だった。 
「まあ、これぐらいだったら積もらないだろうし、電車も止まりはしないだろ」 
「うん、そうだね」 
 また沈黙。 
 気まずい。 
 そういえば、みなもがこの家に引っ越して来てから、二人きりになることは少なかった気がする。 
 いつもひなたがいたし、勤にこのことがばれてからは大した用も無いのにちょくちょくこの家に来るようになった。 
            『みなもちゃんの純潔はわいが守るんやー!』とかわめいていたが。 
             全く邪魔なことこの上ない。 
             つーかまあ、なんだ。もうとっくの昔に無駄な努力に変わってるわけだし。 
 ……いかんいかん。 
 久しぶりに二人きりになってると言う事実に気付くと、なんか変なことばかり考えてしまう。 
「で、聞きたいことってなんだ?」 
「え?」 
「いや、聞きたいこと」 
「え、うん・……」 
 そう言うとみなもはまた何かいいにくそうに口をもごもごと動かして、うつむいてしまう。 
 隣に来たのでわかるが、ちょっと頬が赤い。 
「……」 
「……」 
 なんとなく俺もなにも喋れずにいた。 
 そして、しばらくするとみなもが意を決したように口を開く。 
「まこちゃんって……」 
「あ、ああ」 
 いつになく真剣な表情なみなもに気圧され、俺も緊張しながら言葉を待つ。 
 
 
 
 
 
「まこちゃんって……Yシャツ好き?」 
 
 
 
 
 
「はい?」 
 質問の意味がつかめなかった。 
「だから、Yシャツ好き?」 
 一度言って決心がついたのか、繰り返し問いかけてくるが意味がさっぱりわからない。 
「ひょっとして嫌い?」 
 いや、そうじゃなくて。 
「まあ待てみなも。ちょっと俺にわかるように説明してくれ」 
「あ、うん」 
 俺の言葉を聞いてみなもは何度か深呼吸すると、また言葉を続けた。 
「ひなたちゃん、一昨日から旅行に行ってて留守でしょ?」 
「ああ」 
「それで……二人っきりだよね?」 
「あ、ああ」 
 頬をほんのりと赤く染めながらそんなことを聞かれ、思わずどぎまぎしてしまう。 
「それなのにまこちゃん……」 
「ん?」 
 またみなもの声が小さくなり、聞こえにくなる。 
「……から」 
「え?」 
「……ぃから」 
「ごめんみなも、もう少しはっきり言ってくれ」 
 俺にそう言われて、それまでうつむいてたみなもがきっと顔を上げ、半ば叫ぶように言った。 
 
 
            「いつまでたっても手を出してくれないからっ!!」 
 
 
             俺は固まった。 
            「まこちゃんと一緒に住むことになって、嬉しかったのに!それなのにまこちゃん、昔となにも変わらないし、みんなの前でもいっしょにすんでること隠さなきゃいけないし!でもひなたちゃんが出かけて二人っきりになって、最初はちょっとドキドキしたけどまこちゃんそんなそぶりも見せないし、夜は別の部屋だし昼間もなにもないし夜はすぐ寝ちゃうし!!」 
「あー、みなも、わかったから」 
 気圧されながらも何とかそれだけ言うと、みなもも我に返って恥ずかしくなったのかまるで縮こまるように座布団に座った。 
 時計が秒針を刻むカチ、コチという音だけが響く。 
「……不安だったんだよ?」 
「あー……すまん」 
 そう言ってみなもを優しく抱きしめる。 
「まあ、なんだ。そりゃ俺もそんな気になったこともあったけど、普段はひなたがいるし、ひなたがいなくなったからさあ、って言うのもほら、なあ?」 
 何が『なあ』だかさっぱりわからないが、それでもみなもは納得したようにそっと目を閉じた。 
「うん、ごめんねまこちゃん。私一人で騒いじゃって……」 
 またカチ、コチと言う音だけが響く中、みなもが落ち着いたのを見計らってさっきの疑問をぶつけてみることにした。 
「で、Yシャツがどう関係してくるんだ?」 
「あ、うん……」 
 少しの間、また言いにくそうな顔をしていたが、みなもは落ち着いてゆっくりと、それでいてはっきりと話してくれた。 
            「まこちゃん、裸でYシャツだけ着てるのって好きでしょ?」 
 
 
 あいたたた。 
             
             
「な、なにを根拠に」 
「だって、ほら」 
「え?」 
「初めてのとき、ずっとYシャツだけは脱がせてくれなかったから……」 
 
 
 あいたたたたたたたたー。 
 
 
 そういやあの時、色々したけど最後まで脱がせなかったっけ。 
 いやまあ、好きか嫌いかと聞かれたら確かに好きですが。 
 
 
「だからまこちゃん、またあの格好すれば……」 
 
 最後の方は言葉に出来ないまま、顔を真っ赤にしてうつむいてしまうみなも。 
 そういえばみなもは、最近シャツ系の服ばかり着てた気がする。 
 
「いや、そんな無理しなくても……」 
「ひょっとして、嫌いだった?」 
「そんなことはないです」 
 即答した。 
 思わず即答してしまった。本能のままに。思いっきり。 
 わかり易すぎる俺の反応にみなもは一瞬ぽかんとした顔をしていたが、やがてくすりと笑った。 
「まこちゃん、そんな力いっぱい言わなくても……」 
「むー……」 
 さすがにちょっと恥ずかしくなって憮然とした顔をしているとみなもはすっと立ち上がり、優しく微笑ながら口を開く。 
「いいよ、まこちゃん」 
 そしてスカートを静かに脱いだ。 
 そして恥ずかしそうに顔を赤らめながらこっちを見て、にこりと笑った時。 
 俺の理性は臨界点を突破した。 
「みなもっ!」 
「きゃあっ!」 
 そのままみなもをソファーに押し倒し、くちづける。 
「んぅ……ん」 
             お互いの舌が絡みあう中、みなものシャツの隙間から胸元に手を差し入れ、その形のいい胸をもみしだ 
 
「ただいまーっ!!!」 
 
 止まった。 
 みなもの胸元に右手を挿しいれたまま、止まった。 
 
「お兄ちゃん、みなもお姉ちゃん、いないのー?」 
 
「ひなたの声だな」 
「ひなたちゃんだね」 
 
「リビングー?」 
 
「ちょちょちょちょちょちょっと待ってろっ!!!」 
 まずい。とてもまずい。 
 さすがにひなたにこんなところを見られるわけにはいかない。 
 身振り手振りでみなもを促し、服を整えさせる。 
 シャツのボタンをしめ、さっきなんかの勢いで部屋の隅に行ってしまったスカートを 
「なになに、なにかしてるのー!?」 
 俺の声を聞いたひなたは何を勘違いしたのか、荷物を放り出してこっちに来る。 
「待てってひなた!」 
「えー、そんな意地悪言わないでー」 
 
 リビングの入り口にあるドアのノブが回る。 
「ちょっと待てぇっ!」 
 そう叫んでドアを押さえに走るが、ドアは無慈悲にも勢いよく開いてしまった。 
「ただいまー!!」 
 ひなたがいつものように元気よく挨拶をして部屋に入って来る。 
 
 
 
 
「お、おかえり」 
 ちょっと焦ったようなみなもの声を聞いてそっちを振り向くと、危ういところで何とかスカートを穿きなおせたようだった。 
「うん。ただいま、みなもお姉ちゃん」 
「帰ってくるのって、明日じゃなかったっけ?」 
「あ、うん。あれ、ひなたの勘違いだったみたい」 
 えへへ、と笑うひなたに対し、なんとか笑みを返すみなも。 
 俺が出来たことはといえば、 
「てぃっ!」 
「うにゅ!」 
 ひなたの脳天にチョップを食らわすぐらいだった。 
「何するの、お兄ちゃん」 
「うるさい、とっとと荷物しまってこい」 
「はぁ〜い」 
 納得はしてなさそうだったが、ひなたはすごすごと廊下に戻っていった。 
 
「……危なかったな」 
「うん、そうだね」 
 二人でなんとなく白々しい笑みを浮かべる。 
 そして少ししてから、またひなたが口を開く。 
「まこちゃん」 
「ん?」 
「あのね」 
「ああ」 
「……また、今度ね」 
 それだけ言ってみなもは顔を真っ赤にして自分の部屋に走っていった。 
「あ、ああ」 
 
             とりあえずみなもとひなたがいないリビングで、俺は再び旅行雑誌を開き、旅行の計画を立てるのだった。 
            
            
             
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