あかね色に染まる坂りたーんず #01「新しい日常」

 あの日――湊をこの手に取り戻したあの卒業式の日から一ヶ月。マイエンジェル観月先輩と亜矢先輩は揃ってアミティーエを卒業していき、俺たちも揃って無事進級できた。
 まあどこからどう見ても優等生である優姫や冬彦、それに湊が進級と留年の瀬戸際に立たされて赤いアイツの恐怖に脅かされるはずなんか無く。つかさもあんなだから誤解されることはあるが、別に成績は悪くないので問題はない。じゃあ何が問題なのかというと勿論残りというかぶっちゃけ俺だったりするのだが。
 去年ははそこはかとなくピンチに陥り、冬彦に泣きついてマンツーマンでじっくり勉強を教えて貰って追試を乗り切ったりしたりしたんだけど、今年は平気だった。
 それは何故かという話になると、まああれだ。あの卒業式で宣言した通り、俺は将来優姫の片腕として働くことが決まっているわけである。それは優姫のみならず優姫のオヤジさん――世界のカタギリの会長やその周囲にいる人たちにも伝わっていることなのだが。
 まさかそんな男が高校二年で留年とかそう言うわけにはいかなかったのである。具体的に言うと「こいつを私の片腕として鍛えようと思います」と宣言した優姫のメンツ的な問題で。
 まあそんなわけで我らが担任から「長瀬、お前期末頑張らないとまた追試だぞ」と言い渡された直後に優姫のヘッドバッドを喰らって死ぬかと思い、それから試験が始まるまで地獄の猛勉強をさせられて死ぬかと思った。でもその甲斐あって無事追試もなく進級できた。追試受けた方が楽だったんじゃないかと思ったりもしたがそれはさておき。
 とにかくアミティーエの最上級生となった今年、前会長である観月先輩に当然のように学生会長に任命された冬彦のサポートをしながら学園生活を送っているのである。
 ……学生会副会長として。
「俺は未だに『どうして俺が』と思うことがある」
「その言葉には『何を今更』という言葉で返させてもらいましょう。準一は去年だってこの部屋で放課後の大半を過ごしていたではないですか」
「いやまあそうかもしれんが、はっきりとした役職がつくとやっぱり違うというか」
 そうなのだ。別に学生会の仕事は去年だって手伝っていたし、確かに観月先輩が目当てだったことは否定しないが、だからといって『先輩いないんなら知らね』とかそっぽを向くつもりもなかった。でも、である。
「せめて前もって言ってくれ。俺にだって心の準備とかが必要なときもあるんだ」
 そう、こともあろうにコイツは――今俺の目の前で会長席に座り、口は動かしながら手を止めるどころか遅らせることもなく仕事を続けている冬彦は、始業式のその日に壇上に立って『それでは新しい副会長をご紹介します』と言って俺の名前を告げたのだ。
 しかもその瞬間、満面の笑みを浮かべる優姫とつかさに捕まって壇上に引きずり上げられたことから考えるに、アイツらは前もって聞かされていたくさい。
 まあそんなわけで俺は始業式のその日にぶっつけ本番で副会長として挨拶をすることになり、言いたいことは山程あったがそれでもこうなってしまって逃げるわけにはいかず――それに何より壇上に上がってみんなの方を向いた瞬間、凄まじい拍手と歓声に迎えられてしまい、盛り上がった会場を白けさせるわけにはいかなかったので副会長として演説をぶちかました。
 その内容は思いついたことをそのまま言ったので正直良く覚えてないが、今の心境を一言で表すとこうだ。
 ついカッとなって副会長になった。今では――
「後悔しているのですか?」
「いやまあそれは言葉の綾ってヤツで後悔とかそんなことはないがって言うか、人の心を読んだ上にモノローグ止めるのはやめてくれ」
 そんな風に言ってみるが冬彦は爽やか極まりなくはっはっは、と笑うだけである。まあそれが冬彦なので、俺も今更どうこういう気はないが。
「副会長の地位が不満というのでしたら、会長の席をお譲りしますが」
「お譲りしますがてお前、そんな気軽にほいほいと」
「いえ、これでも真剣に考えていますよ。準一相手ならば何の不満もありませんし、前会長である観月さんだって、当初は準一に会長を任せるつもりだったのですから」
「嘘」
「いえ、マジです。しかしまあその時期準一は湊ちゃんとのことで色々とゴタゴタしていましたし、観月さんも僕もそちらに全てを注いで欲しかったのでとりあえず僕が会長を引き受けましたが。僕はどちらかというと他人をサポートする方が向いている方だと思いますので、準一がその気であれば今すぐにでも役職を交換しますし、そのための書類等も滞りなく揃っています」
「いや待て待て待て」
 ニコニコと笑いながらワリと衝撃的な発言をしつつ、机の引き出しから封筒を取り出そうとした冬彦を慌てて止める。
「そこまで俺を認めてくれるのは嬉しいが、それでも会長とかガラじゃないから。とりあえず今はお前が会長やっててくれ」
「そうですか。残念ですが、無理強いするわけにもいきませんね」
 そう言って冬彦は変わらぬ笑顔でおそらくは会長の交代に必要な書類一式が入っているであろう封筒を引き出しの中に戻す。
「気が変わったらいつでもおっしゃって下さい」
「ああうん、変わったらな」
 危ない危ない。副会長だってガラじゃないのに、会長なんてホント洒落にならん。
 しかし俺にはわかる。冬彦は一応残念そうな顔をしてるが、全く持って諦めてない。あの糸目の奥には俺を会長にするためのプランがいくつも用意されてるに違いない。
 そんな風に微妙に緊迫した空気を醸し出していると、携帯が鳴った。
 見るとメールが着信していて、差出人は予想通りだった。
「湊ちゃんですか?」
「ああ。なんかウチに友達を泊めていいかって言ってきた」
「おや、それは珍しいですね」
「そういやそうだな」
 言われて気づいたが、湊が友人を家に連れてくることはほとんどないし、泊めようとするのなんて初めてな気がする。まあ優姫はちょくちょく泊まりに来るが、それは別としてだ。
 優姫が泊まるんだったらわざわざ断ることもないし、アイツ本人が俺に言ってくるだろう。
「学年変わって仲のいい友達ができたって言ってたからなあ。兄としては妹にそういう友達が増えるのは嬉しいことだ」
「あんまりだらしない顔をしていると湊ちゃんに怒られますよ?」
「バ、違、おま――」
「それにですね」
「な、何だよ」
「湊ちゃんの『友達』が女性とは限らないのでは?」
「……」
「――すみません、趣味の悪い冗談でした。湊ちゃんがそんなコトするわけがないってことは僕もちゃんと理解していますので、無言でパイプ椅子を振り上げるのはやめていただきたいのですが」
「安心してくれ。俺のも冗談だ」
「申し訳ありませんでした。お詫びというわけではありませんが、今日は先にあがって貰って構いません」
「いや、別にそこまで――」
「いえ、そう言えば最近準一には遅くまで残っていただいてばかりでしたから。取り急ぎ済ませなければ行けないことは終わっていますし、たまには湊ちゃんと過ごしてあげてください」
「そういうことならありがたく帰らせて貰うけど――本当にいいのか?」
 確かに冬彦が言う通り最近は帰りも遅くて湊とあんまり話せてない気もするが、年度が変わって学生会の仕事が多いことも事実なのである。冬彦は意味もなく俺を残らせるほど嫌なヤツではない。
「確かに多少は仕事がありますが、気にしないで下さい。準一が湊ちゃんと過ごすことを邪魔しているなんてことが知れ渡ったら、優姫さんはもちろん観月さんたちにも怒られますし、何より僕自身が自分を許せません」
 そう言って冬彦はにっこりと微笑む。
 その微笑みは演技ではなく、冬彦が心の底からそう思ってくれたことがわかったので、俺は素直に席を立つ。
「サンキュ。じゃあ残りは明日にでも片付けるよ」
「いえ、大丈夫です。今日は仕事のことなど忘れて、家でゆっくりなさって下さい」
「ん、わかった。じゃあ、今度お前もウチに泊まりに来いよ。その時今日の礼も兼ねてしっかりもてなしてやる」
「それは大変魅力的な提案です。それでは残っている仕事を全力で片付けて、近いうちに遊びに行かせていただきます」
「……今までのは全力じゃなかったのか?」
「準一と少しでも長く過ごしたいと思――」
「お疲れ!」
 冬彦が言い終わる前に鞄をひっつかんで部屋を飛び出す。
 まああれも質の悪い冗談だとは思うが、周りに誤解されるような言動は極力控えてもらいたい。同級生たちはまあネタとして楽しんでるものだと思うんだが、新入生とかはどうも本気にしているのがチラホラいるらしいし。
「――よし」
 嫌なことからはとりあえず目をそらし、冬彦に言われた通りにとっとと家に帰ることにする。
「でもその前にと」
 携帯を取りだして、湊にメール。今日も多分遅くなるって伝えてあったしな。
「『今から帰る』と」
 ぽちぽちと入力してメールを送信――
「えーと」
 その後数分悩んだ末に、メールの最後に『友達って女だよな?』って追加したら即刻電話がかかってきて電話越しに超怒られたけど、それは全く持って余談である。



つづく。

後書きとおぼしきもの


 そんなわけで、何か最近これしかない気がする原稿再掲載。木名瀬さんトコで作った湊本の原稿再利用。
 まあ実は〆切直前までマビノギってたので2日で全部書く羽目になったわけですが、書いてみたら書いてて楽しい上に超書きやすかったのでリハビリがてらこれで連載してみようかしらとか。
 一話は提出した原稿そのまんまで短いですが、二話は修正、三話以降は完全新作かなとか。
 もしも読みたい人がいたらじわりと待って下さるとよろしくてよ?

 ちなみに二話は湊の「友達」が泊まりに来た夜の話なので当然のようにはだワイあります。

 そして、ちらっと見ただけで文章におかしいトコ発見したのでさくさく修正したり。

2008.03.08 右近