間桐家の娘さん



 ※このSSは「ライダーが士郎の姉だったら」と言うトンデモ設定を元に書かれております。
  わけわからん部分とかあるかもしれませんが、そのつもりで読むといいと思うよ?





 衛宮家は、三人家族である。
 家長である衛宮士郎。
 姉貴の衛宮ライダー。
 あとついでにもう一人姉の藤村大河。
 いや、藤ねえ苗字違うから家族じゃないじゃんとか言う突っ込みをすると虎が暴れるので注意。
 既に一度それが原因で大暴れした虎を姉貴が取り押さえたりした。
 ちなみに取り押さえるのには20分近い死闘が繰り広げられた。
 つうか一度は姉貴に押さえ込まれたのに気合一閃押しのけて、更なる大暴れをしたのに関しては俺も姉貴も驚いた。
 本当に人間なのか藤ねえ。ひょっとしてヒューストンの怪しげな研究施設でなんかされたこと無かったのか、とか色々意見はあったがとりあえず取り押さえた。
 ――話がそれた。
 話を戻すと、衛宮家は三人家族だったわけである。
 その癖、住んでる家はこの武家屋敷。
 ガキの頃なんか、夜起きてもあまりに静かで怖く思ったりもしてた。
 さすがに今はそんなことないが、それでも寂しいことは事実である。
 でもまあ、それも昔の話。
 今は結構な大所帯だったりする。
 俺たち三人の他に『家族』が増えたから。



 朝、俺は台所でいつもの用に朝食の支度をする。
 わが家の姉二人は料理がからっきしだったりするので、なし崩し的に俺が料理担当になっているわけだ。ちなみに掃除と洗濯も俺が担当だったりするが。
 いや、別にそれを嫌だと思っているわけでは無い。
 当初は必要に迫られて始めた家事全般だけど、やってみたら思いのほか面白かった。特に料理とか。
 子供の頃はそれが原因でからかわれたりしたこともあったが、今となっては別に気にならない。
 確かに手間じゃないかと聞かれたら「はい」とは答えられないし、大所帯になってしまったおかげで料理の量も飛躍的に増えたりしたが、それでもそんなに苦にはならない。
 前にも言った通り、料理をすること自体は嫌じゃないし、
「桜、塩取ってもらえるか?」
「はい、これですね」
 最近は手伝ってくれる人も増えたから。
 桜に対してさんきゅ、と軽く礼を言ってから塩を受け取る。
 今現在、衛宮家で暮らしているのは俺と姉貴に加えてセイバーと凛、それに桜。ついでに毎朝飯をたかりに来る藤ねえ。
 結果として六人という以前の倍の人数だったりする。
 さすがに六人分の朝食を準備することは至難の業だが、桜と遠坂が料理を手伝ってくれるのでなんとかなっている。
 ちなみに、今朝は遠坂が自分の家で何かすることがあるとかでいなかったりするので桜と二人で料理中。
 よってメニューは和食中心だったりする。
「しかし桜も料理の腕上がったよなあ。最初の頃は何も出来なかったのに」
「先生が良かったですからね」
「桜も凄く頑張ってたしなあ」
 そして、朝らしくほんわかとした空気の中そんな話をしつつ料理を続ける。
 うん。最初は慣れなかったけど、二人で料理するってのもいいな。
 やっぱり一人で料理してる時とは違う感じがする。
「でもやっぱり、和食では先輩にかないませんよ」
「そりゃまあ――」
 がた、と。
 桜に返事をしようと思ったら後ろでかなりあからさまな音がした。
 思わず溜息をつく。
 桜はと言うと、なんと言っていいのかがわからないのか、何だか微妙な笑顔を浮かべている。
 まあ、そりゃそうだろう。
 さすがに毎日でこそ無いが、こうも度々来られるとなんと言ったらいいものか。
 でもまあ、これは俺が言う役なんだろうな。弟として。
 そんなわけで俺は軽く息を吸ってから、振り向きざまに声をかける。
「なんだ藤ねえ。もう少しでできるから大人しく待って――」
 途中で言葉に詰まった。
 そこにいたのが藤ねえじゃなかったので。
 誰だったのかと聞かれると、姉貴だったわけだが。
 いや、それだけならいいんだけど。
 そんな柱の影から某家政婦っぽく半身乗り出されても、どうリアクションしたらいいものか。
 しばらくじっと見ていると、姉貴はやっと気づいたのか慌てて柱の陰に完全に隠れた。
 いやでも姉貴、慌てて隠れたから長い髪の毛が見事に見えてる。一応見つからないように気をつけているのか、体勢低くしてるから完全に髪の毛引きずってるし。
 いやほんとどうしたものかと桜の方に視線を戻すが、桜は相変わらず微妙な表情を浮かべたままだった。
 そりゃそうか。俺がどうしたらいいのかわからずにいるのに、桜がどうにかできるわけもないだろう。
 俺は再び軽く溜息をついてから姉貴に声をかける。
「姉貴、何か用か?」
 あ、髪の毛がびくっと震えた。器用だな、姉貴。
 俺がそんなどうでもいいことを思っていると、姉貴は観念したのかすっと立ち上がって台所へと入ってくる。
「どうしたんだよ」
 とりあえず声をかけてみるが、返事はない。
 テーブルの上に置いてテーブルの上に置いてある料理にも興味は無いらしく、なんだかあたりをきょろきょろ見回している。
 そして、どうしたものかと思って困っている俺と桜を尻目に窓枠に近づき、その長く細い指で窓の桟をそっとなぞって、
「まだこんなに埃が」
「ついてないぞ」
 最後まで言う前に俺に突っ込まれ、姉貴は自分の指をじっと見た。
 とても綺麗な指。
 そりゃそうだろう。今朝俺が掃除したんだし。
「……」
「……」
「……」
「ああ、いけない。日課の朝のラジオ体操をしなくては」
「いや姉貴、今までそんなことしてるの見たこと無いぞ」
「士郎、誰しも人に言えない秘密というものがあるのです」
「意味わからねえし」
「それでは」
 それだけ言うと、姉貴は俺たちに見向きもせずさっさと台所を出て行った。
 後に残されたのは、俺と桜と、もうすぐ完成な朝ご飯。
「……なんなんだ? 姉貴」
「どうしたんでしょうね」
 桜も、そして多分俺も、何だかよく解らないけど料理を再開することにした。
 まあ、程度の差こそあれ姉貴が妙な行動をするのは今日に始まったことじゃないし、あんまりのんびりしている時間もない。
 とりあえず、わが家で養われる獅子と虎のためにも大急ぎで料理の仕上げに取り掛かることにした。



「むー……」
 わからなかった。
 何がと聞かれれば、姉貴のことなわけだが。
 今朝の姉貴は変だった。
 いや、それじゃ普段は変じゃないのかと聞かれるとどう答えていいのか悩むところであるが。
 あの後、朝ご飯の時も。
 食事を始めてちょっとしたころ、姉貴はおもむろに食べるのをやめて、顔をあげた。
「なんですかこの塩辛い味噌汁は。サクラさんは私を高血圧で」
「いや姉貴、それコーンポタージュだぞ」
 とりあえず、話の途中で突っ込んでみたが。
 俺が言った通り、そこにあるのは桜特性コーンポタージュ。
 そもそも普通マグカップに味噌汁は入れないだろう。
 ずず。ずずずずず。
 すすってみても、それは間違いなくコーンポタージュ。
 甘さ控えめ、塩味控えめ。有機栽培されたトウモロコシの素材の味を大切にしてみました。
 っていうか音たてて飲むのはどうかと思うぞ姉貴。
「えと、おかわりいりますか?」
「いえ、結構です」
「ライダーさん、要らないならわたしが」
「何を言うのです。好き嫌いしているともったいないお化けが来るんですよ?」
 それだけ言って何事も無かったかのように食事を再開した。
 コーンポタージュもくぴくぴと飲んでいる。
「えーと」
「ほら、士郎。早く食べないと遅刻しますよ?」
「ああ、うん」
 何だかよく解らないが、とりあえずそれは事実なので俺と桜も食事を再開した。


 わが姉ながら、何をしたいのかさっぱりわからない。
 食事が終わった後、すぐに家を出たのでその後のことはさっぱりわからないが。
 桜が家に来るようになってから、たまに姉貴が突拍子も無い行動してたりもしたが、今日のは一段とまたよくわからなかった。
 あれじゃあまるで、仲の悪い嫁と姑――
「なんでさ」
 そんなわけはない。
 確かに、たまに美綴あたりにそう言ってからかわれたりもするが、桜は俺の親友の妹だ。
 入院中のあいつの世話だけでも大変だろうに、大所帯になった我が家の家事を手伝うために毎朝来てくれる可愛い後輩だ。そんな風に思っちゃいけない。
 ……でもなあ。
 窓の桟をなぞって『埃がついてますよ』とか『こんな塩辛い味噌汁のませて殺す気かね』とか言うのはそういうときの王道パターンだろう。
 切嗣が生きてたころ、よく聞かされた。
 いや、あのころまだ小学生だった俺にそんなこと聞かせてどうする気だったのかはさっぱりだが、幼心に親父が苦労しただろうことは想像できた。

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 そんなことを考えていたら授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
 いかん、後半ろくに授業聞いてなかった気がする。
 そんなことを思いつつも終盤の号令に従って立ち上がり、礼。
 少ししてから藤ねえがやってきて、HRが開始されてさくっと終了。
 今日は弓道部が休みのはずなので、昇降口で桜と待ち合わせだ。
 そんなわけで昇降口に向かうと……桜が困った顔で立ち尽くしていた。
「……桜?」
「あ、先輩」
 声をかけてみると、桜は一応笑顔でこちらに返事をしてくれる。
 うん、あくまで『一応』笑顔って感じだ。
 確かに笑顔ではあるんだけど、明らかにどこか無理している。
「どうしたんだ?」
「いえ、その……」
 どうも要領を得ない。
 下駄箱の中に何か問題でもあったのだろうか。
 なんか、さっきから話しながらちらちら気にしてるみたいだし。
「どうしたんだ? まさか、靴の中に画鋲が入れてあったとか……」
「いえ、そういうわけでも……なくはないんですけど……」

 要領を得ない。
 俺も自分で言ってなんだが、まさか今この時代にそんな古典的な嫌がらせをする人間が……
 一瞬、頭をよぎった。
 桜も俺が考えたことがわかったのか、「どうぞ」といって場所をあける。
 ああ、全く。
 学校まで来て何やってるんだ、姉貴。
 そんなことを思いながら、桜の下駄箱を覗き込むと。
 トゥーシューズがあった。
 しかも白いやつ。
 いや。さすがにバレエやった経験はないんだけど、多分これはトゥーシューズだと言うことはわかる。
「えーと」
 一応確認してみると、踵のとこには画鋲が設置されていた。
 きっちりセロテープで貼り付けてあるから、気づかず履いたら痛いに違いない。
 でも。
「桜、ひょっとしてバレエ始めたり……」
「してませんよ」
 うん、まあそうだろう。
 どう見てもサイズは桜のよりちょっと大きいし。つーかこれってひょっとして姉貴のサイズじゃないのか。
 しかもどうやら新品っぽいし。
「えーと、桜。靴は……」
「あ、そこの上の段にあるのがそうです」
 言われて見ると、確かに下駄箱の上の段には学校指定の革靴が入っている。
 普段見慣れたこれは、明らかに桜のだろう。
 ついでなので靴を出して、桜に手渡す。
 どうやらこっちには画鋲は入っていないらしい。
 何事も無く桜は靴を履き、上履きを下駄箱にしまう。
「……帰りましょうか」
「……そうだな」
 とりあえず、桜の下駄箱でひときわ異彩を放つ白いトゥーシューズからは目を逸らし、帰ることにした。
 いや本当に、何したいんだ姉貴。





 家に帰ってくると、玄関のサッシがかすかに開いてた。
 何故かという原因は至極明瞭。
「えーと」
 サッシの上部に異物が挟まっていた。これでは当然サッシは閉まらない。
 それはいいんだ。
 別に原因は問題じゃないんだ。
 いや、問題ないと言う表現もどうかとは思うが、とりあえずそれはいい。
 とりあえず今の問題は。
「黒板消し……ですよね?」
「ああ、そうだな」
 桜の言葉にそう答える。
 うん。桜の言う通り、サッシに挟まっているのは黒板消しだった。
 こんなもんどこで買ってきたのかは知らないが、学校で使ってる黒板消しだった。
 しかも新品。
 つーか、新品で汚れてないこれの直撃受けても全然汚れないと思うんだが、何考えてんだ姉貴。
「……まあ、中に入るか」
「そうですね」
 桜と二人、何だか微妙な空気をかもし出したりしつつ家の中に入った途端にすっこけた。
 どんがらがっしゃーん。
 しかも転んだ先にはバケツとか積んであってもろに突っ込んだ。
 そんなに痛くはないが凄い音がした。
「先輩!?」
「士郎!?」
 黒板消しはフェイク。
 頭上のトラップに気をひきつけ、足元にロープを張って転ばせる。なかなかの高等技術じゃねえかコンチクショウ。
 二人の声を聞きつつ、そんなことを思いながらゆっくりと起き上がる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「士郎、大丈夫ですか?」
 そして何だか息ぴったりで声をかけてくれる二人の方を見て、その片方に声をかける。
「……姉貴」
「は、はい」
 そう、そこにいたのは――まあ当然の話だが――姉貴だった。
 そして姉貴は、いつに無くおろおろしている。実に珍しい。言うならばレア。
 などと言ってる場合ではない。
「姉貴、なんでこんなことしたんだ?」
「いや、その。すみません、まさか士郎が……」
「姉貴!」
 思わず怒鳴ると、姉貴はびくっと震えて体を竦ませた。
 ちょっと罪悪感を覚えたりもしたが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「姉貴。『まさか士郎が』とか言ってたけど。俺じゃなかったら誰を引っ掛けるつもりだったんだ?」
「それは、その……」
 気まずそうに口篭もる姉貴。
 そりゃそうだろう。一応聞いてはいるが、今朝からの一連の行動を見てれば目標が桜なのは明らかなわけで。
 その本人の前でまさか『桜を引っ掛けようと思ってました』なんて言えるわけもない。
 だからこれは、質問じゃない。
 ただ俺が、姉貴に対して、ひょっとしたら始めて怒りをぶつけているだけ。
「姉貴が何考えてるかなんかもう知らないし、俺に対して何やろうと別にいいけど! 桜 たちにまで迷惑かけるな!」
 それだけ言って、放り投げるように靴を脱ぎ捨てて廊下に上がる。
「士郎――」
 姉貴の声は聞こえていたけど、それに返事を返すことなく、姉貴の横を通り過ぎる。
 許せなかった。
姉貴が許せなかった。
 たまに突拍子も無い行動をしては俺を困らせる姉貴だったけど、今日の一連の行動だけは許せなかった。
 俺は何をされようとかまわない。
 だけど、桜たちに迷惑をかけることは許せなかった。
 だから俺は、そのまま歩き去る。
 玄関に立ち尽くす姉貴に背を向けて、決して振り返らずに。





 士郎が去った玄関で、ライダーは呆然と立ち尽くしていた。
 士郎に怒られた。
 あの戦いの後私に出来た家族が、大切な家族が、私に背を向けて去って行った。
 士郎に嫌われた。
 どんな時だって私の味方だった士郎が、大切な弟が、私に怒りの声をぶつけて去って行った。
 士郎が私の元から去って行った。
 いつも私の――
「先輩は、ライダーさんのことを嫌いになったりしませんよ」
 一人後悔の念に駆られていた私に、そんな優しい声を、掬いの声をかけてくれたのは。
「サクラ?」
「はい」
 サクラだった。
 今朝から私の攻撃の標的になっていた、間桐桜だった。
 私を憎んでるはずの、私を恨んだっていいはずの彼女が。
「ライダーさんは、先輩の大事なお姉さんじゃないですか……」
 優しい声でそんなことを言って、こともあろうに。
 ぎゅ、と優しく私を抱きしめた。
 それはまるで母のように。
 母が子を慈しむように、桜は私を優しく、だけどしっかりと抱きしめていた。
「でも、士郎が……」
 私が何か言おうとする度に、サクラは私をぎゅっと抱きしめて言葉を繰り返す。
「ライダーさんは先輩にとって大事なお姉さんなんですから。先輩がライダーさんを嫌うことなんか無いですよ」
「サクラ……」
 その声とその抱擁はあまりに優しくて。
 その声とその抱擁はあまりに安らいで。
 だから私は、素直に桜に話し掛けることができた。
「……すみません」
「いいんですよ」
 私の謝罪の声を聞いても、サクラの声は変わらなかった。
「気持ちはわかりますから」
 そう言ってまた私を抱きしめて。
「それにわたしも、ライダーさんに嫌われたくありませんし。先輩を取ったりしませんから、お友達になってもらえませんか?」
 本当に優しい笑顔でそんなことを言われると、私はうなずくことしか出来なかった。
「でも、先輩には謝っておいたほうがいいかもしれませんね。先輩、めったに怒らないけど一度怒ると怖いですから」
 サクラはそう言ってくすりと微笑み、そっと私の体を話した。
 だから私もサクラの気持ちにこたえるために、言葉を返す。
「はい。そうします」
 そして精一杯の笑顔を浮かべた。
 私に友が出来たことが嬉しくて。
 こんなにも優しい家族が増えたことが、本当に嬉しくて。










「でも、邪魔な人は少ない人がいいですよね」
 そしてサクラはにっこりと微笑んだままそう言った。
 だから私も涙を拭いて、にっこり笑ってそう答える。
「その通りです。サクラ」
「ライダーさん、貴女には全てを教えましょう。マキリに伝わる嫁いびりの技術を!」
「任せてください。私とて古のギリシャにおいて鬼女と恐れられた女。胸の平らな新参者の一人や二人、三日もかけずにいびり倒してみせます!」
 そして二人でがっちり握手。
 それ母はと子のものではなく。
 間違いなく戦友同士の、盟約とすら呼べそうなそれだった。

 某月某日、衛宮亭玄関において『173パワーズ』結成。
 キャッチフレーズはくすくす笑ってゴーゴー。
 戦いの幕はまだ上がったばかりである。






後書きとおぼしきもの


 Keiさんとこのライダー姉貴本に寄稿した作品。
 メロンブックスの店員にいかしたPOP作られたのも、今となってはいい思い出です(本当か?
 

2006.07.01  右近