逢物語


「阿良々木しまーい、会議ー!」
「かいぎー!」
 月火ちゃんのなんだか脳天気な声での呼びかけに答えるように、火憐ちゃんはいつも通り元気よくそう答えた。『栂の木二中のファイヤーシスターズ』などと恥ずかしい名前で世間様に知れ渡っている阿良々木家の仲良し姉妹は、長女である阿良々木火憐と次女である阿良々木月火の二人で構成されているので三姉妹ではない。そんなわけで冒頭の台詞が何だか語呂が悪かったりするが、そんなことはどうでもいいと思う。本人たちも気にしてないだろう。というか使いたかっただけだと思う。
「今日の議題はお兄ちゃんのことです」
「うん、いつも通りだな!」
 いつも通りらしい。やめてしまえそんな会議。
「なんと、お兄ちゃんの彼女であるところの戦場ヶ原さんは一人暮らしと言うことが判明しました」
「な、なんだってーッ!!!!?」
 そして、月火ちゃんから今回の議題を発表された火憐ちゃんの反応は驚愕。座っていたところを立ち上がって、相変わらず無駄にバランスよくのけぞったりしている。ああ本当に鬱陶しい。
「それじゃあ何か? 兄ちゃんが『戦場ヶ原の家に行ってくる』とか言う日は美人の彼女と他に誰もいない家でうっふんあっはんということか?」
「そうです。しかも戦場ヶ原さんが住んでいるアパートは両隣も下の部屋も住人がいません」
「じゃあ止めるヤツがいないじゃないか!」
 突っ込みどころをまとめると、1)僕のモノマネが不必要に美味くてむかつく、2)うっふんあっはんとか言うな、3)いつの間に戦場ヶ原の自宅を割り出した。以上三点が挙げられる。
 しかし我が妹達は兄の考えなんて気にもせずに会議を続ける。
「彼女と毎日うっふんあっはんできるというのに、あたしの初ちゅーを奪ったというのか!」
「さらに私の初ちゅーを奪った末におっぱいまで揉んだというのに、です」
「あたしもおっぱい揉まれた!」
「私なんか服脱がされて押し倒された!」
「裸だったらあたしだって見られたぞ!」
「火憐ちゃんのは風邪の看病だったもん。あれはノーカンでいいと思うよ?」
「むぐ……。それがなかったとしても兄ちゃんに押し倒されたもんね」
「そうだ、しかも勝手に私の服を使って! 妹の服を使って兄を誘惑とか何考えてるのこのエロ姉!」
「エロとか言うな! 借りた時はそんなつもりなかったんだぞ!」
 そして阿良々木姉妹会議は開始数分というか最早直後と言ってもいいぐらいの時間で姉妹喧嘩に発展した。
 ご近所さんにも評判の仲良し姉妹であるところの二人が姉妹喧嘩というのは、さすがに初めてというわけじゃないけど珍しい。しかしこの前の一件で月火ちゃんも言っていたとおり、ファイヤーシスターズなんて呼ばれて正義の味方ごっこをするのにも限度がある。一生涯それを貫くことなんて出来るわけがないし――しかも二人で一切争うことなく仲良しコンビで活動し続けるなんてことは不可能だ。そんなわけで解散するにせよしないにせよ、こういう言い争いはある程度必要になるんだろう。まあその言い争いの内容が実の兄というか僕のことだというのは心底勘弁して欲しいが、この際それには目をつぶろう。
「なあ」
「何、お兄ちゃん!? 今盛り上がってるところなんだから後にして!」
「そうだぞ兄ちゃん! 例え兄ちゃんだろうと熱く燃えたぎる正義の血潮のぶつかり合いを止めることなんてできないんだ!」
「うん。お前らが二人とも馬鹿なのは知ってるし、その原因はともあれ姉妹喧嘩ってのは全くないよりはある程度した方が健全だとは思うんだ」
 まあこの二人が喧嘩をしたとして、その『ある程度』を守れるかどうかと言うと心底怪しいものがあるけど。
「じゃあ何?」
「何なのさ!」
 漫画だったら頭から湯気が上がるどころか、バックに炎を背負いそうな感じで怒る二人に対して、僕は極力冷静に答えを返す。
「……とりあえず、せめて僕の居ないところでやってくれないかな、その会議」
 極力冷静に、頭の中に戦場ヶ原を思い浮かべると惨事に発展しそうな気がするので何とか自力で冷静を保ってそう言った。
「えー」
「何だよけちー」
「いいから出てけ!」
 受験勉強に励む僕の部屋――それどころが僕のベッドの上でぶーたれる妹二人に僕は怒鳴りつけ、追い出した。
「相変わらず兄妹仲睦まじいのう」
「……少しの間でいいからそっとしておいてくれ」
 妹達を追い出し、部屋の扉を閉じるのと同時に出てきた忍は楽しそうだった。
「言うても、お前様も悪い気はせんのじゃろ?」
「鬱陶しいだけだよ」
「ツンデレも過ぎると世界を滅ぼすぞ?」
「僕はツンデレじゃねえ。っていうかそんな話聞いたこと無いぞ」
「ルートXを思い出せ」
「ルートXっていうと、あれだよな? 八九寺が生きていて――」
「うむ、儂が滅ぼしかけた世界じゃ」
「忘れようとしても忘れられないと思うけど、それとツンデレに何の関係がある」
「あの猫にお前様が殺されそうになった時、素直に『助けて……忍』と言わずに『助けてほしくないんだからね!』とか思っていた結果があのルートじゃ」
「今時そんなツンデレがあるか! と言うか僕はツンデレじゃねえ!」
「お前様の恋人はたまに言っていたと思うが」
「いや、あれはネタだし。というかお前も言ったとおり、ルートXを滅ぼしそうになっていたのはお前じゃないか」
「そうじゃのう。あの世界の儂はあくまで別人だが、強いて言えばヤンデレな忍野忍と」
「そう安易に属性づけるのはどうかと思う」
「じゃあ、ついカッとなって」
「そんな理由で世界を滅ぼされてたまるか!」
 それは全くの油断だった。
 先ほどまでの困難――自室に居座る妹を追い出すことに成功したことで、気を緩めてしまった。結果として忍との会話に集中してしまい、声のボリュームも上がっていき。
「もう。お兄ちゃん、うるさい!」
「そうだそうだ! 勉強しないならあたしらを追い出さなくても――」
 相変わらず鍵の突いていない僕の部屋の扉はあっさり開かれて。
「あ」
「え?」
「おお」
「ん?」
 元・鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード――忍野忍と。
 栂の木二中のファイヤーシスターズ、其の実戦担当である阿良々木火憐と、同じく参謀担当の阿良々木月火。
 三人が、運命的に出会った。
 その原因は、僕のうっかりだった。




「……とまあ、そういうことで忍は僕の影の中に住んでいる吸血鬼なんだ」
 結局のところ、僕は二人に忍のことを説明することになった。
 最初は素性を隠してただの人間として紹介しようかとも思ったんだけど、さすがに自分たちが部屋を出て数分もしないうちに見知らぬ金髪幼女が、しかも二人がいた廊下を通らず僕の部屋にやってきたとか無理がありすぎる。思いつくとしては窓から侵入してきたとか、あるいは僕の部屋の押し入れにいたとかそんなところだけど……前者はともかく後者を採用すると僕が危ない。
 まあ、限界と言うことなんだろう。兄が吸血鬼もどきになっているなんて伝えたくない現実だったけど、二人ならきっとそんな現実だって受け止めてくれる。僕はそう信じている――いや、信じたい。
 そんなわけで、さすがに羽川や戦場ヶ原たちの怪異がらみのあれこれについては伏せさせてもらったが、僕と忍にまつわるあれこれは一通り説明したつもりだ。
 そしてそんな話を黙って聞いていてくれた妹はというと。
「さすが兄ちゃん、影の中に吸血鬼を飼っているとか、漫画の登場人物みたいだぜ!」
「……あっさり受け入れたの」
 流石に若干あきれ顔な忍の言葉の通り、何の迷いも疑いもなくまるっと納得したようだった。更に言うと、大喜びだった。いや、ありがたいことなんだけど、なんというか。
「『飼ってる』とか言われてるのは否定しなくていいのか」
「似たようなもんじゃろ。むしろ言い得て妙じゃ」
 忍のキャラも昔と比べてずいぶん丸くなったよなあ、などと思いつつもう一人の妹の方にも声をかける。
「……月火ちゃん?」
「お兄ちゃん、一つだけ聞きたいんだけど」
「この際だ、気になることは全部聞いてくれ」
「ううん。一つでいいから、それに絶対答えるって約束して」
「わかった。どんなことでも答えよう」
 さすがに月火ちゃんは火憐ちゃんほど単純ではなかった。確かにこんな非常識な状態だし、月火ちゃんには自分の問題もあるからなにか考えることもあるんだろう。ここまで来たら隠し事をしていてもしょうがない。例えどんなことを聞かれたとしても――
「お兄ちゃん、前にその子と一緒にお風呂に入ってなかった?」
「……え?」
 想定外の質問が来た。
 いや、確かにどんな質問が来ても答えるつもりだったけど、予想していたのと比べてあまりにあさっての方向過ぎるというか。
「具体的に言うと、火憐ちゃんが詐欺師になんかされて熱を出していたとき」
「何だと兄ちゃん、可愛い妹が苦しんでるときにそんなエロいことしてたのか!」
「いや別にエロいこととか」
「そうじゃ、結局胸も撫でて貰ってないしの」
「お前は黙ってろ!」
 そして補足というか逃げ道を塞がれたと思ったら火憐ちゃんもそれに続き、さらには忍まで余計なことをほざきくさった。
「妹のおっぱいに飽きたらず、幼女まで……」
「しかも家族もいたって言うか、あのとき羽川さんもいたよね?」
「というか、何で羽川さんのおっぱいじゃなくあたしたちとか忍ちゃんのおっぱいなんだろう」
「ひょっとして兄ちゃんはロ」
「違うわっ!」
 ちょっと気を抜いている間に心底ろくでもない結論に達しそうになった妹達に全力で突っ込んだ。
「まあ、お兄ちゃんが少女にしか欲情しないのかどうかは後で調査するとして」
「どうやってだ」
「もちろんお兄ちゃんの周りの人に調査を」
「頼むからやめてくれ」
 どんな結果になるかは予想もつかないが、僕が酷い目に遭うことだけは間違いない。
 まさか殺されはしないだろうけど死ぬのと同じかそれ以上に酷い目に遭うだろうし、万が一死ぬとルートXよろしく世界は滅びかねない。詰みゲーにもほどがある。
 そして僕――兄に対して詰みの局面を突きつけた妹は、勝者らしくその満面に笑顔を浮かべて口を開いた。
「じゃあ、私たちの言うことを一つ聞いてもらえるかな?」
「……一つだけだぞ」
 それに対して敗者である僕が出来ることは、せめてもの条件をつけることぐらいだった。






「……で、風呂か」
「言うな」
 あの後、月火ちゃんから出された条件は『忍ちゃんだけじゃなく、私たちともお風呂に入りなさい』というものだった。理屈がおかしい気はするんだけど、敗者に拒否権があるわけもなかった。ちなみに忍も一緒である。火憐ちゃんが『これから一緒に暮らすんだから仲良くしないとな!』とか言ってたが、そっちに関してはありがたいということにしておこう。
「妹御としては自分たちの愛するお兄ちゃんがぽっと出の金髪幼女と一緒に風呂というのは心穏やかではないのじゃろ」
「文化包丁持ち出されるよりはマシか……」
「むしろ儂としてはお前様が『全員水着着用が条件だ』と言ったことに驚いたぞ」
「当たり前のことじゃないか。いくら兄妹だからと言って、億が一にも間違いが起きたら僕は戦場ヶ原に殺される」
「いつも真顔でそう言えるお前様は、ある意味尊敬に値すると思う」
 忍がなんだか意味のわからないことを言っているけど、とにかく僕の出した条件はそれだった。水着着用の混浴風呂というのは聞いたことがあるし、それだったらセーフだろう。そのセーフが戦場ヶ原や羽川に通じるかどうかは正直怪しいが。
「それに、いくら妹の前とはいえ、忍のあばらを直に見てしまったら僕は自分を抑えきれないかもしれない」
「それで『セパレートじゃない水着』という指定じゃったのか……」
 とにかく忍とそんなことを話していたら、ガラス戸の向こうから声をかけられた。
「兄ちゃん、入るぞー」
「お邪魔しまーす」
 火憐ちゃんの声への返事も待たず、月火ちゃんもそう言いながら浴室に入ってくる。
「あれ、どうしたんだ兄ちゃん。そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「そうだよ。いくら妹とは言っても女の子の水着を見たんだし、感想を言うのが礼儀ってものだよ?」
「ああ、うん」
 色々言いたいことが頭の中を縦横無尽に駆けめぐったけど、その中からなんとか一つを絞り出す。
「……お前らの学校の指定水着ってそんなんだったっけ?」
 絞り出せたのは心底どうでもいい言葉だった。
 しかし事実、二人の着ている水着は栂の木二中の指定水着ではなく。かといってそれは二人がプライベート用に使っている水着というわけでもなく。いや別に僕が特に熱心に妹の水着をチェックしてるとかそんなのは濡れ衣なんだけど。水着だけに。いや、戦場ヶ原みたいなことを言っている場合ではない。
 そんな兄の脳内における弁解はさておき、感想が聞けなかったからか若干残念そうな表情を見せつつも、答えを返してくれた。
「ううん、違うよ」
「じゃあなんだそれは」
「兄ちゃんが喜ぶと思って借りてきた!」
「……それで色もバラバラなのか」
「うん、私が白で火憐ちゃんが紺」
 確かに『風呂に一緒に入る』という要求を受けて先に風呂に入ってからずいぶん時間がかかるなとは思っていたんだが。
 ……え?
「待て」
「さすが兄ちゃん、お目が高い。あたしのも月火ちゃんのも旧スクってやつだ」
 なんだろう、凄まじく嫌な予感がする。聞きたくない。聞いちゃいけないと僕の本能が叫んでいるけど、かといってこれを聞かないでいたらもっと大変なことになる。
 かくして僕は、決死の思いで問いかける。
「いや、そうじゃなくて……『借りた』?」
 そんな風に問いかけると、僕が何をおそれているのか理解できないらしい月火ちゃんは答えを返す。しごくあっさりと。
「うん、火憐ちゃんの提案で」
「誰に」
「神原先生」
 そして火憐ちゃんの口から出たのは予想通りの、そして最悪の現実であり。

(ピンポーン)

 家のチャイムが鳴った。風呂の中にいるというのに、聞き逃しようがないほどよく聞こえた。
「お前様、客じゃぞ」
「出た瞬間俺の命は終わる気がする」
「このまま立てこもって、この状態を見られるよりはマシじゃと思うが」

(ピンポーン)

 審判を告げる角笛の音って、案外こんな音なのかもしれない。






後書きとおぼしきもの


 そんなわけで連続更新二日目もファイヤーシスターズです。一応一週間ぐらいは連続更新しようと思ってたんだけど、何分明日から計画停電始まるのがなあ。でも頑張る。
 次のネタが化物語がどうかは未定です。
 

2011.03.13  右近