究極のマーボー対至高のカレー(後編)

「さあ先攻は赤コーナー言峰!深山町のワンダースポット紅洲宴歳館、泰山のご店主の協力を得て作られた究極のマーボー!」
 会場に運ばれた巨大な鍋。神父はその蓋を厳かに開け放った。バックテーマは『この世の全ての悪』だ。
「ぐえっ!?」
「うわっ!?」
 会場からは阿鼻叫喚の声が木霊する。赤い霧が鍋から沸き起こり、その場の人間の目を潰し、呼吸を止める。
「くっ、まさに終局のメニュー…」
 再び聖杯の孔が開いたような錯覚に陥る強烈さだ。
 BC兵器まがいの食品が盛り付けられ全員に配られる。
 盛り付けられた皿の中身は血のような真紅の輝きを放っている。

「どうした、遠慮せずに食すが良い」
 促す言峰。
「うう・・・」
「これは・・・」
 誰もが言葉を失っていた。

そんな中、唯一騎士王がレンゲを持って邪悪な存在に挑んでいた。
「セ、セイバー!?」
 マスターである衛宮士郎が基本的に中華を好まないため、サーヴァントであるセイバーには麻婆豆腐の知識が欠落していた。
 いや仮にあったとしてもこんな規格外の味を想定するのは、如何に優れた直観力を持つ彼女でも不可能だっただろう。

「・・・っ!」
 セイバーは一口食した後、カランとレンゲを落とした。
「・・・」
 ゴクッと唾を飲む一同。
「・・・雑です」

まるで、至らぬ部下を八つ裂きにできなかった自分を責めるようなセイバー。

「約束された――」
「ま、待てセイバー!」
「お前のサーヴァントはこの味を気にいったようだな、衛宮」
「どこ見てホザイてんのよ、このエセ神父!!」
 突っ込む凛。
「くっ、だからこの男は危険だと言ったんです!キリツグが敵視していた訳が改めてわかりました!!」
 武装するセイバー。中華飯店のオヤジが近くにいなければ悪即斬の構えだ。
「まあ、確かにこれは食えたモンじゃないよな」
「料理という概念に対する冒涜だわ」
「リンの言う通りー」
「私も・・・ちょっと無理です・・・」
 全員レンゲを置く深山町メンバー。

「おっと、何と自軍のメンバー全員にそっぽを向かれました。ざまあみろ言峰。」
 私的な感情を込めて実況するランサー。
「では、三咲町チームは――。」
「美味いぞおおおおおおーーーー!!!!」
 ゴゴゴゴ・・・と巨大化する翡翠。目と口から妖しい光線が全開で放出されている。

「こってりしてないうえにさっぱりしてない、ただ辛味のみの味!!!!」
 翡翠は号泣しながらマーボーを貪り食う。

「まさに、未知の体験、至高の口福!!!!」
 オーバーアクションで味を体現しようとする翡翠。まるで未開の地の呪術の舞踊だ。

「翡翠ちゃんの言う通りーーーー!!!!」
 同じく号泣しながらマーボーをかっ込む琥珀。

「ちょ、琥珀さん!!さっきの同盟はどうしたんですか!?」
「そんなモノ、ポイです、全ては我が戯言なり〜」
「あ、あなたそれでも料理人ですか!?」
「翡翠ちゃんが白といえばカラスも白です!!」
 ぴくぴくと明らかに身体のほうは拒否反応を起こしている。
「それが私の愛っ!!」
「そんな愛は間違っています!!」
 シエルは予想外の裏切りで慌てふためく。
「ほ、ほほほ、な、なかなか破壊的で結構なお味ですこと」
「ま、まあシエルのカレーよりは上かな?」
 根性と愛の力で3口まで食したアルクェイドと秋葉。
「・・・みんな、おかしいんじゃないか?」
 1人だけ状況がわかってない遠野志貴。



「なんと、あの料理を支持する人間が4人もいるとは!!敵側チームから4ポイントは確定のようです。では次は青コーナー、至高のカレーです」

 予想外の琥珀の裏切りにシエルは臍を噛む。
「ふっ、シエル君はなかなか正直なメンバーを選んでくれたようだ」
 言峰はテーブルの上に突っ伏しぴくりとも動かない琥珀を見ながら嘲笑う。
「くっ、言ってなさい。この至高のカレーでぐうの音もださないようにしてあげます」
 シエルが自信満々に出したカレーは何の変哲も無い只のカレーだった。

「ニヤリ。これは言峰の負けね」
「そうだな」
 あのマーボーの後でどんなゲテモノ料理が出てくると思っていた深山町側だが普通の料理に安堵する。
 特に一口しか料理を食せなかったはらぺこセイバーは目を輝かせている。
 普通の料理だったら当然深山町側と向こうの眼鏡の青年が支持する。
 つまり6対4で言峰の負けだ。

「これは・・・普通のカレーですよね、シエル先輩?」
「ふふ、まあ確かにオーソドックスなカレーですが実は肉が特別なんです」
「げ、まさかおかしな化け物の肉じゃないでしょうね、シエル?」
「黙りなさい!確かにこの国では珍しい食材ですが洋食や中華でも使うことのある真っ当な肉です」
 じゃあ、安心だと和やかな雰囲気で試食を始める一同。

「っ!これは美味い」
「はい、この肉に合わせたスパイスを使っているようです。インドの香辛料を多く使っていますが味付けは日本人に合うように整えられています」
 料理好きの士郎と桜が味を分析する。
 ふふふ、とシエルは勝利を確信した表情を浮かべる。
「しかし、この肉は何なんだ?」
「豚でも牛でも鶏でもないですよね」
「これは鹿の肉ですね」
 先程から黙々とスプーンと口を動かしていたセイバーが答える。
「鹿!」
「以前、狩りをしたとき食べたことがありましたが味付けは塩のみの粗野なものでした」
 苦い記憶を思い出す騎士王。
「この料理法は凄い。香辛料が肉の味を最大限に引き出している。いや何倍も膨らませている。先程の料理が香辛料の味しかしないのと大違いです」
 セイバーはギロリと神父を睨む。食べ物の恨みは恐ろしいということらしい。
「ほんとー、これ美味しい」
「これは言峰の負けね」
深山町側は大絶賛だ。


「おおっと、これは勝負あったか?三咲町側は・・・」
 ランサーが振り向くと水をうったような静けさである。


「・・・鹿?」

「まさか・・・。」

 ドッコーン!!

 いきなり空から何か巨大な物体が落ちてきた。
「な、何ぃ!?」
「アイツは!!」
「涅呂叔父様!?」
二十七祖の1人ネロ・カオスその人だ。
「ぬうううーー!!!!小娘!!!!666回殴りつけるぅ!!!!」
「おおっと、ここで謎の乱入者の登場だー!!」
「・・・なんか板についてきたわね、ランサー」
「うおおおおーーー!!!!」
 暴れまくるネロ・カオス。しかしこの面子に適うはずも無くあっさり取り押さえられる。

「何なんだ、コイツは」
「これまた強力な吸血鬼です、シロウ」
「次から次へと全く・・・」
 コート一丁の中年男は無念そうに縄目についている。

「ちょっと、シエル。この鹿の肉ってまさか!?」
「そう喋る鹿エトです」
 ぶーっ、と吹き出す三咲町チーム。
「あ、あんたねー!!」
「何を考えているんですか、このカレーは!?」
「せ、先輩、知能のあるモノを食うのはまずいって」
「何故です?これだけの食材、他では手に入りませんよ?」
「入ってたまるかー!!」
 三咲町側は蜂の巣を突付いたような大騒ぎだ。

「な、何?一体どうしたの?」
「喋る鹿ってなんだ?」
深山町側は状況が理解できない。
 パチンッと指を鳴らすランサー。すると上空から大画面のモニターが降りてきた。
 ジー、と音がすると画面が映った。



 VTRその1

 ネロ・カオスとエトがお花畑で追いかけっこをしている。
「はははー、待てー、コイツー♪」
「うざいっちゅうねん。」


 VTRその2

 朱鷺恵とエトが並んで立っている。
「ふ」
 笑うエト。
 エトに上四方固めを極める朱鷺恵。バタバタと足を動かすエト。
「ギブッちゅうねん」




 ひゅー、と空に飲み込まれていく巨大モニター。
「・・・」
「・・・喋った?」
 呆然とする深山町側。

「作戦ターーイム!!」
 凛の一声で円陣を組む。
「どうする?あの鹿、喋ったぞ」
「U.M.Aだったなんて・・・」
「ウマじゃないよシカだよ」
「何か問題が?」
「セイバー、だって知能のある生き物だぞ?」
「知能があろうが、それがなんです」
 平然というセイバー。
「元々、我々は他の生命を糧にして生きています。そこに知性がどうこうと線引きをするのはおかしい」
「何だか哲学的な話しになってきたわね」
「その論でゆくなら牛や豚や鶏の知能が高ければ食べないということになります」
「むう」

 セイバーは円陣から離れる。
「おかわりを希望します」
「はい♪いっぱいありますからたくさん食べて下さいね」
 シエルはいそいそとよそる。横で暴れるネロ。
 セイバーは黙々とカレーを頬張る。
 となりで言峰も黙々と残ったマーボーをかっ込む。
 2種類の皿がうず高く重なっていく。

「うーん、セイバーの言うことも一理あるかもな」
「まあ、元々言峰の吠え面を見るのが目的だったし」
「私は先輩の意見に従います」
「私は駄目。あんな可愛いシカさんを食べちゃうなんて許せない」
「その美意識はどうかと思うが強制はできないな」
「じゃあ、イリヤ以外は支持するということで」
「決まりですね」

 深山町側は円陣を解く。
「おっと、意見がまとまったようです。イリヤ嬢以外の4人がポイントを入れました。これでスコアは今の所4対4のタイ!」

「ということは・・・」
 会場の全員の目が遠野志貴に注がれる。
「つまり遠野君の一存で勝負が決まるということですね♪」
 シエルは今までに無い迫力を醸し出す。
「えーと、そういうことになっちゃいますか?」
「そうです♪もちろんカレーを支持しますよね?」
 シエルは黒鍵をスチャッと遠野志貴の喉元に突きつける。
 だが、その黒鍵はパキンと根元からアルクェイドにへし折られた。
「ちょっと、力で脅すなんてルール違反よ、シエル」
「そうです。たまには正々堂々戦ってみたらどうですか、シエル先輩」
 アルクェイドと秋葉は志貴を守るように間に立つ。
「くっ、しかし遠野君はさっきのマーボーを一口も食べてないじゃないですか。それでマーボーの方が美味しいなんて言わせませんよ」
「志貴はちゃんと食べるもんねー。はーい、あーんして志貴」
 レンゲでマーボーを掬い無理やり食べさせようとするアルクェイド。
「ちょっと、兄さんのお世話をするのは、妹の私の役目です。あなたは引っ込んでなさい」
 アルクェイドを押しのけてレンゲを兄の口に押し付ける秋葉。志貴の頭はがっちりと妹のアイアンクローが決まっていた。
「何すんのよ、妹!」
「貴女に妹なんて呼ばれる筋合いはありませんっ!」
「遠野君、私とカレーを裏切ってそんなマーボーに鞍替えするつもりですか?」
「いや、できればどちらも選びたくないなー、なんて・・・」
「選びたくない・・・?」
 ゴゴゴ・・・と異様に緊迫した空気が流れる。
「ふーん、志貴ってばここでも責任回避するつもり?」
「どうしてそう優柔不断なんですか、兄さんは」
「また二又かけようってんですか遠野君は」
 にじりよる三人娘。
「いや、だって俺とエトは強敵と書いてトモと読む程の間柄だったし、そのマーボーを食べるのもいやだなー、って・・・」
「そんなどっちつかずの答えなんて認めません!!兄さんには今日こそはっきり選んでもらいます!!」
「そーよ、妹の言う通り、いい加減私もはっきりしてもらいたいわ」
「遠野君、ファイナルアンサーです。」

もはや殺意の段階まで高められた気迫。
「ちょ、助けて、琥珀さん、翡翠・・・」

「志貴様、絶品です」
 ぐっ、と親指を立てる翡翠。横で先程から妖しい呼吸音を奏でていた琥珀の親指も立つ。
「琥珀さん、俺を巻き込まないでー!」
「うふふ、八つ当たりだったんです・・・」
 息も絶え絶えになりながら語り出す琥珀。記憶が混乱している、というより廃人の一歩手前だ。

「さあ志貴、さっさと選んで」
「私ですよね、兄さん」
「カレーを選ばないなら遠野君を殺しちゃいますよ♪」

「あーー!!??」
 いきなりあらぬ方向を向いて驚愕する遠野志貴。
「!?」
 全員がそちらの方向を振り替える。
「ちょっと、何もいないじゃない志貴?」
 アルクェイドが振り返った席には誰もいなかった。
「・・・逃げた」
「・・・兄さん」
「・・・遠野君」
 遠野志貴は人間とは思えない動きで屋根を駆け上がる。その逃走に一点の迷いも無かった。
「追えーーー!!!!」
 3つの影が同様のスピードで追撃する。それは狩るものと狩られるものとの命を掛けたレースであった。



「えっと・・・」
 会場に残された深山町チームはセイバーを除いて呆然としている。
 残された会場にはセイバーと言峰の咀嚼音と食器の音が鳴り響く。
「人形だって思えばどんな辛(から)い事も平気なんですよ・・・」
 こわれちゃったお手伝いさん1名。
「あの、私もおかわりをいただいても宜しいでしょうか?」
「どうぞアル」
 おかわりを要求するメイドちゃん1名。



「なんと、キャスティングボードを握る最後の1人が逃亡してしまいました。この勝負の行方はどうなってしまうんでしょうか、解説の藤村先生?」
「こりゃ、無効だわね。しっかしあの遠野君て子、切継さんと同じ匂いがするわー」
「と、言うと?」
「フェミニストで女ったらしな所」
 タイガが乙女ちっくに解説する。
「美味いぞおおおおおおーーーー!!!!」
翡翠の絶叫と暗黒舞踏が繰り返される。




 被害報告

 乾有彦・・・入院
 弓塚さつき・・・行方不明
 琥珀・・・精神崩壊
 喋る鹿エト・・・死亡
 遠野志貴・・・半死半生




後書き

 味○様な翡翠はいい感じに書けたんじゃないかと。
 あと「シロウ、甘いわ!!」なんて誰かに言わせたかったんですが構成上諦めました。残念。

2004.02.26 岡崎