第三の選択

 今でも克明に思い出せる。 今までの人生において最も重要な決断を下した日。

 あの日、学校裏の丘の上で俺は決断を迫られていた。
「恐れながら武様は御身一つ。冥夜様と鑑様、支えられるのはどちらかお一方となります」
 月詠さんが俺に決断を迫る。
 あいまいでぬるま湯のような三角関係を続けていた俺に、冥夜か純夏のどちらかを選べと。
「冥夜様を選ばれるのなら、正門に来て下さい。もしも鑑様を選ばれるのなら、もう私たちの前には現れないで下さい」
 そして、月詠さんのいなくなった丘の上で、純夏も俺に対して問いかけた。
「タケルちゃんは、わたしと冥夜のどちらを選びますか?」


 俺は丘を駆け下りていた。
 学校の敷地内をひた走り、息を切らせながらたどり着いた正門には月詠さんが立っていた。
「月詠さん!」
「武様!?」
 俺の声を聞いた月詠さんの声は歓喜にあふれていたけれど、振り向いた月詠さんの表情は戸惑いと、そして隠し切れない怒りの表情だった。
「武様……」
「ああもうどいつもこいつも!」
 俺を非難しようとした月詠さんを遮ってそう怒鳴りつけたっけ。
 思えば月詠さんを本気で怒鳴ったのはあれが初めてだった気がする。


「そうでした。武様はそういう方でしたね」
「じゃあ、月詠さん!」
「はい!早くお車に」
 そう言って俺を車に乗せ、冥夜の結婚式に向かおうとした俺たちの前に立ちふさがったのは、あの鷹嘴さんだった。
「お館様の命だ。お前を連れ戻しに来た」
「鷹嘴さん!」
「少し黙っていてくれ白銀武。いくらお前が冥夜様の夫となる男だとしても、お館様の命に逆らうわけにはいかんのだ」
「……え?」
 俺が呆けるのを見て、たかは資産はおかしそうに笑ったっけ。
「先ほどのお前の言葉、全て聞かせてもらった。さすがは冥夜様を惚れさせた男、常人には思いつかないことを思いつくものだ」
「普通思いつかないよねー」
「身のほどを知らないというかー」
「馬鹿なんですねー」
 そしてそのまま3バカにまで笑われて、あの時はさすがにちょっとへこんだ。
 でも鷹嘴さんは俺を馬鹿にしたわけじゃなかった。
「どうした、早く車に乗れ」
「え?」
「俺がお館様から受けた命は『月詠を一刻も早く連れ戻せ』だ。『白銀武を連れてくるな』とは言われていない」
「鷹嘴さん?」
「どうした。冥夜様のところに行かなくてもいいのか?」
「でも、そんなことしたら鷹嘴さんが……」
「お前は『御剣の全てを背負って立つ』んじゃなかったのか? 『御剣』の中には俺は含まれていないのか?」
 思えば、あの時覚悟が決まった気がする。
 好きな女といっしょにいるだけじゃなく、周囲全てに対して責任を持つことの。
「任せといてください! 全部まとめて背負って立ってやる!」


 そして、60mリムジン大爆走。
 どの道を走ったかなんて覚えていないが、鷹嘴さんはその腕と理論の全てを駆使して俺を冥夜の待つ式場に送り届けてくれた。


「武様! ここは我らにお任せを!」
「「「早く行けー!!」」」
 御剣新当主の結婚式に乱入しようとする前代未聞の侵入者(言うまでもなく俺たちのことだが)を排除すべく、続々と集まる警備員から俺たちを守るために、月詠さんと3バカたちががんばってくれた。


 そして俺は分厚い扉を開け、式場に踊りこんだ。
 そこにはウェディングドレス姿の冥夜がいた。
「……タケル?」
「何してんだ冥夜! 俺の嫁になるって約束だろうが!」
 結婚式の列席者が唖然とするなか、俺は堂々とそう言い切った。
「しかし……」
「しかしもかかしもないっ!!」
 まだ何か言おうとする冥夜に怒鳴りつけた。
 でも冥夜はそんな俺に恐れをなすわけでもなく、多少は驚いたようだがそれでも自分の聞きたいことをきっぱりと聞いた。
「なぜそこに純夏がいる?」
 そう。さっきから俺の後ろにいる純夏を指差しながら。
「ああもう揃いも揃って同じようなことを!」
「タケル?」
 今日三回目の問いに、いいかげん嫌になりながらも答える。
「冥夜、お前の惚れた男は一人の女を幸せにするために他の女を泣かせるような男なのか?」
「いや、それは……」
「それに、お前の夫になると言うことは、御剣の当主になるってことだろ?」
「ああそうだ。御剣とそれに関わる全ての人間を支え、導いてやらなければいけない」
「じゃあ聞くが」
「うん?」
「御剣の当主ってやつは、好きな女を二人支えることすらできないようなやつでも勤まるもんなのか?」
 そう言ってにやっと笑ってやると、冥夜もやっと状況を理解できたのか純夏の方を見た。
「まあ、タケルちゃんの言うことだし」
「しかし、純夏……」
「私が幸せになるために、冥夜を犠牲にするってのはなんか間違ってる気がするし」
 そして純夏は俺の手をぎゅっと握った。
「それに、こんなタケルちゃんだからわたしも冥夜も好きになったんだよ」
 そう言って俺に寄り添う姿を見ても、冥夜はまだ動けないでいた。
 でも。
「冥夜、来い!」
「……タケル!」
 俺が名前を呼ぶと、感極まった冥夜は涙をぼろぼろと流しながら俺の胸に飛び込んできた−





「と、いうのが年末にあった俺たちの一大イベントだ」
 冬休みがあけた白陵柊の教室の中で、なんだか懐かしい気までしてしまうクラスの仲間に囲まれて冬休みの武勇伝なんぞを報告していた。
「そういうわけだ。これからも変わらずよろしく頼む」
「よろしくねー」
 冥夜と純夏が照れくさそうに、でもとても幸せそうに挨拶をする。
「わー、タケルさんかっこいいですねー」
 素直に感心して、感嘆の声をあげるたま。
「すごいね武。僕にはまねできないよ」
 こっちも素直に感心して、目を白黒させている尊人。
「……ぱちぱちぱちぱちぱち」
 こっちは驚いてるのかからかってるのか今一よめないが、一応祝福してくれてるっぽい彩峰。
「……って、何でみんな自然に受け止めてるのよっ!!」
 そしてその凛々しい眉をしかめて怒鳴る委員長。
 ああ、なんか『帰ってきた』って感じがする。
「落ちつけ榊。教室内ではそう騒ぐものではないぞ」
「榊さん、深呼吸深呼吸」
 冥夜と純夏がなだめようとしているが、どうも逆効果っぽい。
「ちょっと考えてみなさい。白銀が御剣さんと鑑さんと結婚するって言ってるのよ!?」
「そうはっきりと言われると照れくさいものがあるな」
「そうだよ榊さん、そんな大きい声で」
「タケルさん、冥夜ちゃん、純夏ちゃん、おめでとー」
「うん、おめでとう」
「おめでとー。ぱちぱちぱちぱち」
「ありがとうありがとう」
 友人たちの祝福の言葉に素直に礼を言う。
「じゃなくてっ!!」
 でも委員長の怒りは収まらないようだった。
「三人で結婚なんて聞いたこと無いわ、異常よ!不潔よ!」
「そうは言われても当人同士は納得してるんだが」
「うむ。異存は無い」
「タケルちゃんが突飛なことするのは慣れてるし」
「冥夜ちゃんも純夏ちゃんも幸せなんだし、いいと思うよ?」
「アフリカのアジバズバ族では、一夫多妻制は普通のことだったし」
「ぱちぱちぱちぱちぱち」
 委員長、孤立無援。
 そんなことを言ってると教室のドアが開き、先生が入ってくる。
「はい、席につきなさーい」
 言われて俺たちもバラバラと席につく。
 でも、委員長はまだ納得できないのか立ち尽くしていた。
「ほら、聞こえなかった?」
「で、でも先生!」
「榊?クラス委員のあんたがホームルームの進行を妨害するわけ?」
「いえ、そんな……」
「はい、ホームルーム始めるわよー」


 そして俺たちの学園生活がまた始まる。
 何も問題の無い、仲間に囲まれた大切な日々が。


「だから重婚は犯罪……」


 本当に何も問題の無い、幸福な日々が。

初出:2003.09.05  右近