カン、カン、カン!

 俺の心の中でファイナル・ラップの鐘が鳴った。残すところは、あと一周。
だが、ここで気を抜いてはいけない。俺は自分の心に、気を引き締めるよう言い聞かせた。

 残り半周を切った。

 慌てるな!

 ここで慌ててしまうと全てが台無しになってしまう。俺は逸る気持ちを抑えながら、
ゴールにたどり着くのを待った。

残り10秒!

 ……残り、あと5秒!

 4、3、2、1!

 今だっ!!

 俺は時計の秒針が12の数字を横切った瞬間、テーブルの上に置かれていたインスタント・
ラーメンの蓋を一気に取り払った。その瞬間、湯気とともに何ともうまそうな香りが漂った。

 「いっただきまーすっ!!」


Short Story of ”With You...” 
『二人だけの夜食』


 俺は今、至福の時を過ごしている。やはり、きっかり3分経ったものでなければ、この味を
堪能することができなかっただろう。麺の固くもなく、柔らかくもない食感。そしてスープは、
3分という時間を費してちょうどよい温度になっている。これまた熱すぎず、温すぎずって
やつだ。

 まぁ、他の人には違う意見があるだろうと思う。この辺は俺の好みがあるんで、
できればご容赦してほしい。

 何を偉そうにしているんだ、俺は………

 ズルズルと、麺をすする音が響く。

 今は夜の1時ちょっと過ぎ。俺は一人、台所で夜食を取っていた。夕飯をちゃんと
取ったつもりだったが、どうやらそれだけでは足りなかったらしい。

 そういや、部活で結構走り込んだんだっけ?

 そのせいなんだろうか。夜中に腹の虫が、突然鳴り始めた。最初は、なんとかそれを
抑えようとしてみたのだが、いったん意識し始めてしまうと、もうどうにもならない。

 結局、我慢できずに台所へと足を運んだのだった。

 ちなみ我が家には、インスタント食品というものは置いていない。喫茶店というものを
やっている影響もあるが、母さんと乃絵美がそれらを極力嫌っているのだ。

 彼女たち曰く、

 『あんなものを食べていると、身体に毒でしょ?』

 ということなのである。

 だが毒と言われても、男にはそれらを無性に食べたくなる時があるんだ!

………と思う。親父もきっと、そう思っている違いない。

 まぁ、乃絵美が小さかった頃、彼女は今よりもずっと身体が弱かった。
だからなのかもしれない。母さんは子供たちに、そういうものを食べさせないように
したんだろう。

 「いい親を持ったよな、俺」

 しみじみと呟いた。

 それでもやっぱり食べたいときがあって、俺は密かにインスタント・ラーメンの買い置きを
してあった。台所に隠すなんて、バカな真似はしない。彼女たちの領地に隠そうものなら、
あっという間に見つかって、さらには食事抜きと言われかねないからだ。

 数々のラーメンらは、俺の部屋に隠してある。

 ズルズル……

 「この味がわからないなんて、母さんと乃絵美は不幸だよなぁ〜」

 麺をすすりながら呟いた時、

 「誰が不幸なの?」

 と、突然背後から声をかけられた。俺の身体は一瞬にして固まってしまった。

 この声はひょっとして………

 俺はぎこちなく身体を声のかけられた方向へ向けていく。緊張のあまり、心臓は
早鐘のように打ち、そして額からは冷汗が流れ落ちる。だが、それでも俺は手に持っている
ラーメンを声の主からは見えないように隠すことを忘れてはいなかった。この冷静な行動を、
自分で思いっきり褒めてやりたかった。

 「や、やあ、乃絵美さんっ。こ、ここ、こんな時間に、ど、どうしたのかな?」

 振り向くと、そこに立っていたのはやはり乃絵美だった。

 「お兄ちゃんこそ、いったいどうしたの? こんな時間に?」

 乃絵美はにっこりと微笑みながら、問いかけてきた。その笑顔は、一見「天使の微笑み」の
ように見える。だが、彼女の目は笑ってはいなかった。

 普段の、いつもの彼女は内気でおとなしい女の子だ。でも今の彼女から、俺はもの凄い
プレッシャーを感じていた。

 ううっ……バレてる……しかも、怒っているよぉ……………

 隠したラーメンは乃絵美のほうから見えてないはずだが、どうやら彼女は俺が
何をしていたか、お見通しらしい。

 俺はひきつった笑みを乃絵美に返した。すると彼女は、ますますニコニコしながら、
再び問いかけてきた。

 「ほ、ん、と、う、に、どうしたの?」
 「え、ええっと……あの、その………」

 俺は乃絵美と視線が合わないように自分のものを泳がせながら、必死に言い訳を考えていた。
だが彼女の”冷たい笑顔”に耐えられず、俺は観念した。

 「ごめんなさい。ラーメン食べてました」

 と頭を下げた。

 すると、今まで笑顔だった乃絵美の顔が急変した。彼女の綺麗な眉がつり上がり、普段の
彼女からは想像もつかないほどの剣幕で迫ってきた。

 「もう、お兄ちゃん! あれほどインスタント食品は身体に悪いって言ってるのに、
 どうしてまたこんなものを食べてるの!?」
 「だ、だって……」
 「だって、じゃないの! お腹が空いているんだったら、私が作ってあげるって
 いつも言っているじゃないの!?」

 乃絵美の剣幕に俺は気圧されてしまう。今の彼女は「おとなしい子を怒らせたら恐い」の
まさに典型だった。

 乃絵美は腰に手を当てながら、こちらを睨み付けている。俺は椅子に腰掛けているので、
彼女の顔を見上げるような形になっている。

 これじゃ、蛇に睨まれた蛙だよ………

 その証拠に、全身という全身から汗が出ていた。そして彼女の突き刺さるような視線が、
俺の身体を動けなくさせていた。

 「お兄ちゃん!?」
 「あ、いや、ほら……乃絵美は寝てただろ? そ、それで起こすのも悪いなぁ〜って
 思ってさ……なっ?」

 俺は視線を彷徨わせながら、しどろもどろに言葉を紡いだ。だが乃絵美は、俺の言葉を
信用してないらしく、冷ややかな視線を向けていた。俺の、その場しのぎの言い訳は、
彼女には通じないらしい。

 「そんなこと言って、お兄ちゃん。本当は隠れて食べたかったんでしょ?」

 ………はい、おっしゃるとおりです。

 「で、でも、お腹が空いていたのは事実だし、そ、それに明日の朝には飯がでるだろうから、
 それまでのつなぎ………」

 で食べてただけ、と言おうとしたのだが、俺は最後まで言葉を言い切ることができなかった。

 また、乃絵美に睨まれたからだ。

 「のえみぃ〜。昨日は部活の練習ではりきりすぎて、夕飯だけじゃ足りなかったんだよぉ〜。
 それに俺、料理するのは下手なほうだし、作っても旨くないし………」

 俺は半分、涙声近い声を上げた。そして俯きながら、自分の右腕を両目に当て、
「よよよっ」と泣いている振りをした。

 俺のこの突然な行動に、乃絵美は少し慌てた。

 「あ、えっと、あの、お兄ちゃんっ。だ、だから、そういうときは私が作ってあげるって
 言ってるじゃないの」
 「だ、だって、ぐっすり寝ている乃絵美を起こすなんて、俺にはそんな酷いことは
 できないよ……ううっ」
 「お、お兄ちゃん………」

 乃絵美の言葉に先程のような勢いは失せていた。

 俺はちょっとだけ顔上げて、乃絵美の様子を見る。気を弱くしている俺の姿を見て、
さすがに言い過ぎたと思ったのだろう。彼女は申し訳なそうに、両手をもじもじとさせ始めた。

 よし、作戦は成功した!

 俺は乃絵美を怒らせたとき、俺は決まってこういう行動に出る。そうすると、
心優しい彼女は、これ以上叱ることを躊躇してしまうのだ。なんとも、ずるい作戦だと
自分でも思うが、背に腹は代えられない。

 「ご、ごめんな……乃絵美……悪い、お兄ちゃんだよな…………」

 俺は弱々しく呟いた。すると乃絵美は、屈み込んで俺の顔を覗き込んできた。そして、
俺の両手を自分のそれで取った。

 「ううん。私のほうこそ、強く言い過ぎちゃってごめんね、お兄ちゃん」

 乃絵美は俺の両手を優しく包み込みながら、柔らかな笑顔を向ける。その優しい表情に
俺は頬が熱くなるの感じた。

 「……乃絵美」

 乃絵美の顔を見つめていたら、急に罪悪感が襲ってくる。俺が芝居をそのまま
受け取ってしまう彼女に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 「ごめんな、乃絵美」

 だから俺は、もう一度彼女に謝った。騙したことに。

 「ううん、もういいよ。お兄ちゃん」

 乃絵美は再び、優しく包み込むような柔らかい笑顔を俺に向けた。まるで、俺の気持ちに
気づいているかのような笑顔で。

 「さてと……ところで、お兄ちゃん? まだ、お腹のほうは空いてる?」

 乃絵美は腰を上げると、急にそんなことを問いかけてきた。

 「えっ?」
 「インスタント・ラーメン、なんだか冷めちゃったみたいだし……ね?」
 「あっ……」

 乃絵美が言うとおり、先程まで湯気を上げていたラーメンも今ではすっかり冷め切っている。
それと中途半端に食べてしまったせいか、ますますお腹が空いてきたような気がする。
胃が活発に動き出したせいかもしれない。

 「………うん…空いている」
 「それじゃあ、何か食べたいのはある?」

 言いながら、乃絵美は俺の顔に近づけてきた。彼女の顔は、今目の前にある。先程の彼女の
笑みのせいもあってか、俺の鼓動は早くなっていた。

 「ん?」

 乃絵美は小首を傾げながら、俺の言葉をずっと待っている。

 「……………チャーハン。ちゃ、チャーハンが食べたいな、乃絵美」

 俺は、胸の高鳴りが乃絵美に気取られないように言った。

 ……顔は真っ赤になっているかもしれないが。

 「ふふっ。お兄ちゃん、チャーハン好きだもんね。うん、わかった…じゃあ、早速作るね」

 言いながら乃絵美は冷めたラーメンを片付けて、厨房のほうへと足を向ける。そして、
いつも使っているエプロンに手をやり、それを身につけようとした。

 「お、おいっ、乃絵美。ひょ、ひょっとして、そ、そのままの格好で料理するつもりか?」
 「えっ!? ……うん、そのつもりだけど………どうして、そんなこと聞くの?」

 エプロンの紐を腰に回しながら、乃絵美はきょとんとしている。

 「あ、いや……別になんでもない……………」
 「? 変なお兄ちゃん……」

 乃絵美は俺の態度に怪訝な表情を見せたが、すぐさま気を取り直して、冷蔵庫から卵やら、
タマネギなどの材料を取り出し始めた。

 乃絵美の剣幕に圧倒されていて、今の今まで気づかなかったが、彼女の姿は
ワイシャツ一枚だけという姿だった。以前、俺がパジャマ代わりに使ってくれと言って、
彼女にあげたものだった。サイズはもちろん俺のものなので、袖やら裾やらが
だぼだぼとしている。サイズが大きいので、当然のことながら下着は見えない。

 しかし、いくらサイズが大きくても、さすがに彼女の綺麗な脚までは隠せない。
白く透き通るような彼女の脚に、思わずごくりと唾を呑む。

 はっきりいって、目のやり場に困る。その上、フリルのついたエプロンをシャツの上から
身につけられては、ハンマーで脳天を叩き割られたような衝撃を受けた感じだ。

 俺がそんな煩悩にとらわれているのをよそに、乃絵美は鼻歌がを歌いながら楽しそうに
チャーハンを作っていた。彼女は料理しているので、俺に背を見せた形になっている。

 出るとこは、出てるんだなぁ……こう…腰のくびれたところから…………

 って、何を考えているっ、俺は!?

 ガンッ!!!!

 「ど、どうしたのっ、お兄ちゃん!? テーブルに頭打ち付けてっ!?」
 「………いや、なんでもない…………俺のことは気にせず、料理を続けてくれ……」

 俺は、テーブルに伏したまま呟いた。ほんの数秒、妙な空気が漂ったが、俺がそのままの
姿勢でいたからか、乃絵美は再び料理に取り掛かったようだ。フライパンの上で油が
跳ねる音が聞こえてくる。

 ふう……料理ができるまで、こうしていよう………

 俺はテーブルに伏しながら、顔を横にする。これなら、乃絵美の後ろ姿を見なくても
済むだろう。そうしていると、油の香ばしい匂いが漂い始め出した。

 時間にして数分、

 「できたよ、お兄ちゃん!」

 という乃絵美の声とともに、テーブルの上に出来立てのチャーハンが置かれた。
俺は上半身を起こすと、皿に盛られているチャーハンを見た。

 「おっ、乃絵美、旨そうだなぁ〜」

 出来立てのチャーハンからは湯気が立ち上り、そして食欲をそそる何とも言えない
香りがする。

 「はい、お兄ちゃん。レンゲだよ」
 「サンキュ、乃絵美」
 「ねぇ、お兄ちゃん。私も一緒していい?」

 ふと見ると、お皿が二つある。どうやら、乃絵美は自分の分も作ったようだ。

 「ああ、もちろん」

 断る理由なんてないので、俺は笑顔で乃絵美に答えてやった。

 「それじゃあ、お兄ちゃん。冷めないうちに食べよ?」

 言いながら乃絵美は、俺の向かいの席に座る。

 「んじゃ、いただきまぁ〜すっ」
 「どうぞ召し上がれ」

 ぱくっ。

 「鮭の切り身が余っていたから、身をほぐして入れてみたんだけど……どうかな?」

 乃絵美は、上目遣いで俺の表情を伺っている。俺はもう一度チャーハンをすくい、
口へと運ぶ。そして、黙々と口を動かす。

 「………美味しくない?」

 乃絵美は何かに怯えたような表情して、俺の顔を見つめている。

 これ以上、意地悪するのはよそう。

 「いや、すっごく美味しいよ、乃絵美!」

 俺は、満面の笑顔で言ってやった。すると乃絵美は、少し怒ったような表情をした。

 「もう、お兄ちゃん、びっくりさせないでよっ! 心配だったんだからねっ」

 乃絵美は眉を顰めながら、口を尖らせた。

 「ははっ、ごめん、ごめん。ほら、乃絵美も食べてみろって。美味しいんだからなっ?」
 「もう! 作ったのは私だよ、お兄ちゃん」

 口調こそは怒っているものの、乃絵美の顔からは笑みがこぼれていた。

 「そうだ、乃絵美。なんでさっき、俺がラーメン食べているってわかったんだ?」

 俺はチャーハンを口にしながら、隠したはずのラーメンを乃絵美がなぜ気づいたのかを
聞いてみた。すると乃絵美はきょとんと目を丸くして、呆れた声で返した。

 「何言ってるの、お兄ちゃん。ラーメンの匂いを漂わせていたら、誰にでもわかるよ」

 乃絵美のもっともな答えに、俺はひきつった笑みをこぼした。

 それから二人は他愛ない話を交えながら、チャーハンを食していった。

 何度目か口に運んでいたとき、ふと顔を見上げると、乃絵美が両手で頬杖ついて俺のことを
じっと見つめていた。彼女は最初から少な目にチャーハンを盛っていたからだろうか、
すでにそれを食べ終えていた。

 「うん? どうした、乃絵美。俺の顔に、な、何かついてるか?」

 乃絵美があまりにも真っ直ぐに俺のことを見つめるものだから、気恥ずかしくなってくる。
俺は目を逸らしながら、彼女に問いかけた。

 「くすっ。ごはん粒がついてるよ、お兄ちゃん」

 笑みをこぼしながら乃絵美。

 「えっ!?」

 俺は、反射的に口元に手をやる。だが、手を当てたところにそれらしいものはついていない。

 「違うよ、お兄ちゃん。反対側のほうだよ……」

 言いながら乃絵美はテーブルに身を乗り出して、俺の頬に手をやった。

 「ほら、お兄ちゃん」

 乃絵美は取ったごはん粒を俺に見せた。

 「あ、ありがと………」
 「ふふっ」

 なんだ、なんだ? この気恥ずかしい状況はっ!?

 俺は急激に頬が火照っていくのがわかった。乃絵美は、そんな俺の顔を笑みを浮かべながら
じっと見つめている。俺はそんな状況に耐えられなくなって、再びチャーハンを
黙々と口へと運んでいった。

 そして、もう少しで食べ終えようとしたとき、不意に乃絵美が口を開いた。

 「ねえ、お兄ちゃん……お兄ちゃん、私が怒ったとき、いつも泣いている振りをするよね?」

 !!

 俺は乃絵美の突然な言葉に、口へ運びかけた姿勢のまま固まってしまう。そんな俺の姿に
彼女はくすっと笑みをこぼす。

 「だってお兄ちゃんの嘘泣きって、妙に芝居くさいんだもん」

 言いながら乃絵美は、ころころと笑った。そして彼女は、またあの微笑みを湛える。
優しく、そして柔らかなあの笑顔を。

 「嘘泣きだって、わかっているんだけど……でも、どうしてかなぁ……お兄ちゃんの
 そんな顔を見ていたら、なんでかな…許したくなっちゃうんだよね………」

 乃絵美は目を細めながら、俺の顔をじっと見つめている。彼女の眼差しに、再び頬が
火照り始めた。彼女の目を見つめていると頬が熱くなり、そして胸の鼓動が早くなっていく
気がした。

 「……………どうしてだと思う……お兄ちゃん?」

 乃絵美は熱っぽい視線で、俺に問いかけてきた。火照る頬と、彼女の熱い視線。喉が乾きを
訴えているのがわかる。

 俺は彼女の視線に耐えられなくなり、目を逸らそうと思った。思ったはずなのに、
目を逸らしたいはずなのに、なぜかできなかった。

 彼女の瞳をじっと見ていると、どこか違う世界へ吸い込まれていきそうな、そんな錯覚に
とらわれそうになる。

 乃絵美は何を思っているのだろうか? そして、何を言いたいのだろう?

 だが、彼女はただ笑みを湛えながら俺の顔を見つめているだけだった。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。俺と乃絵美は、ただ黙って見つめ合っていた。
その悠久とも思えるような状態を、不意に破ったのは乃絵美だった。

 「………あっ、もうこんな時間だね……お兄ちゃん、私そろそろ寝るね………
 食べ終わったら、お皿は流し台のほうに置いといて。朝、私が洗うから」

 乃絵美は時計に視線を移しながら、ゆっくりと席を立った。そのときの彼女の横顔は、
どこか暗く、沈んだものに見えた。彼女は自分が使った皿を持って、流し台へと向かう。

 「それじゃあ……おやすみなさい、お兄ちゃん………」

 そう言って、彼女は台所をあとにしようとした。

 おい! 乃絵美に何か言うことはないのかっ、俺は!!

 俺は拳をぎゅっと握り、必死に考えた。だけど気が焦るばかりで、何も思い浮かんでは
来ない。このままじゃ、乃絵美がこの部屋から出ていってしまう。

 乃絵美が横を通り過ぎた瞬間、ほとんど無意識のうちに彼女の腕を掴んだ。

 「………お兄ちゃん!?」

 急に腕を握られたので、乃絵美は驚きの表情を隠せなかった。

 「お兄ちゃん……ちょっと痛いよ………」
 「うわっ、ご、ごめん!」

 俺は彼女の言葉に、慌てて腕をほどく。よほど強く握りしていたのか、彼女の腕は
握られていた部分が真っ赤に染まっていた。

 「どうしたの……お兄ちゃん?」

 乃絵美は、やはり暗い表情のままで問いかけてきた。彼女を行かせまいとして、掴まえたのは
いいが、どういう言葉をかけていいのか、未だにわかっていなかった。

 でも、何か言わなきゃ!!

 その思いだけが、今の俺を支配していた。俺は彼女の前に立ち、彼女にかける言葉を決めた。

 「の、乃絵美っ、え、えっとだな……そのぉ〜、つまりなんだ………さ、さささ、さっきの、
 は、話のこと、な、なんだけどな…………」
 「……うん」
 「あ、ああ、あの答えって、お、俺が乃絵美の『お兄ちゃん』だから、じゃダメか……!?」

 俺はやっとの思いで、それだけの言葉を紡いだ。乃絵美がほしがっている答えじゃない
かもしれない。だけど、今の俺にはそれしか思いつかなかった。

 俺が必死な思いで紡いだ言葉を乃絵美は、どう受け取ったのだろう?

 彼女は、まっすぐに俺の目を見つめていた。まるで、その言葉が確かなものなのかを
確かめるように。

 不意に乃絵美の表情が明るくなる。そして、そのまま俺の胸にもたれかかってきた。

 「乃絵美!?」

 今度は、俺が驚きの表情を隠せなかった。

 「………そうだね……お兄ちゃんの言うとおり、私の『お兄ちゃん』だからかもね」

 乃絵美は俺の胸に顔を埋めて、そう呟いた。そして、ぱっと顔を上げる。その彼女の顔は
笑顔に溢れていた。

 「ああ。俺は、乃絵美の『お兄ちゃん』だからな」

 俺はちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべた。

 「くすっ。もう、お兄ちゃんったら」

 俺の言葉に乃絵美を笑みをこぼす。そして、俺の身体から身を離す。

 「お兄ちゃん、ありがとう」

 乃絵美は、もうこれ以上にない笑顔を俺にくれた。これが、本当の「天使の微笑み」に
思えるくらいのものを。

 「じゃあ、おやすみなさい、お兄ちゃん」

 乃絵美は身を翻して、今度こそ台所をあとにした。

 乃絵美が去ったあと、彼女が作ってくれたチャーハンの残りをたいらげた。

 心を満たす充足感に浸りながら、俺は乃絵美の座っていた席に、心の中で呟いた。

 乃絵美。ごちそうさま。


あとがき

 あ、あれ? 
前回の「あなたの鼓動」が裸YシャツSSになりきれてなかったから、今度こそは……!
って思ってたんですけどねぇ……どこでまた間違えたのやら………(苦笑)。

あ、わかった。私にそういうものは書けないんだ(ぉ
納得、納得(笑)
#果たして何人の人が、この言葉を信じてくれるんだろうか? (^^;;;

最近、MIDIにまた手を出し始めました(爆)。
夏にSC−88proを買ったはいいんですけど、もっぱら拾い集めたMIDIを聴くだけ(苦笑)。
それじゃあ、あまりにもったいないということで、作曲に関する本を買い集めてました。
が、どれもこれも私には、わかりづらいものばかり(爆)。
しかし、ようやく私に合った本を見つけました。通算10冊目にして(笑)。
#費用にして、約2万円です(ぉ

しかし、うまくMIDIをやる時間が取れそうにないみたいです。
ずっと怠けていた”アレ”を書かないといけないので。(^^;;;

                                         KNP%今日もイトケン節(ぉ