授業参観

 この俺、衛宮士郎は魔術使いである。
 魔術師ではない――と思う。
 『魔術師』と言う称号はその家の秘儀を受け継ぎ、根源へと至るために魔術を極めんとする者たちの称号だ。
 その称号には例えばこの冬木の管理人である遠坂凛、それにその実妹の間桐桜のような人々が相応しい。遠坂はともかく桜はどうなんだろうかと悩むこともあるが。
 まあそんな俺たち――『魔術』という非日常と隣り合わせの俺たちにも、日常生活という物はある。
 例えば、学園生活。
「はいみなさん、ここテストに出ますからねって言うか間違えたりしたら許さねー」
 黒板の前で虎っつーより熊のようにうろうろうろつく藤ねえは、いつになくハイテンションで授業を続けていた。
 その姿はまあいつも通りだが、授業内容もまあいつも通りなんだけどいつもよりはっちゃけ気味で、まるで小学校の先生のように見えてくる。
 まあそれもしょうがないのかもしれない。
 確かに普通の高校ではなかなかやらないようなイベントをやっているのだから。
 ――それ即ち、授業参観日。
 ちなみに俺のクラスの主だったメンツはと言うと俺・一成・それに美綴ぐらいだろうか。
 さすがの一成も美綴も親の前と言うのは落ち着かないのか、普段にも増して緊張している気がする。
 そして藤ねえも実は結構やりにくそう。何でってそりゃ間違いなく一成の保護者であるところの零観さんが来ているのからだと思うのだが。もと同級生に自分の授業風景を見られると言うのは複雑なものがあるらしく、さっきから何かを吹っ切るようにハイテンションで授業を執り行っているわけである。




 話は数日前に遡る。
 珍しく一成が学校帰りに家に遊びに来ていた時、ふと授業参観の話になった。
「俺はいいんだよな?」
 茶の間のテーブルに置かれているわら半紙には『授業参加のお知らせ』と書かれており、『保護者の方は奮ってご参加下さい』とかなんとか書いてあった。
「んー、そうね。士郎の保護者であるところのお姉ちゃんは普段から授業風景をしっかりと見ていますから」
 そう言って胸を張る藤ねえ。
 うちはオヤジも死んじゃっているし、授業参観と言っても何も変わらない。
 藤ねえが保護者として機能しているかどうかとかについては、いちいち突っ込みいれるのもめんどくさいのではいはい、と軽く流して一成の方を見る。
「一成のところは?」
「父は忙しく、どうしても都合がつかないらしい」
「あー、まあそうかもなあ」
 あの柳洞寺の住職だって話だし。
 門弟って言うのか、あれだけ人がいれば色々とあるんだろう。一成のところに遊びに行っても、最近ではめったに顔をあわせることもないし。
 俺がそんなことを考えているのを察したのか何なのか、一成はふむ、と一息ついてから茶を飲み、そして再び口を開いた。
「かわりに零観兄がきてくれるそうだ」
 そう言って照れるような嫌なような、でも不快とは言い切れないようななんとも言えない微妙な表情の一成、予想外の人物の名前を聞いて驚く俺、そして同じく飲んでいたお茶を盛大に吹出す冬木の虎。
「汚いぞ藤ねえ」
「な、なんで零観くんがくるのよぅ!」
 げほげほと、お茶が一部気管に入ったのかむせこみながらも一成に詰め寄っていく。
 まあ詰め寄られても一成には何か非があるわけでもなく。
「話を聞いて『是非』と」
 あっさりとそう返した。
 さすがにこれ以上一成に詰め寄ってもしょうがないと理解したのか、藤ねえは俺の方へと振り返る。
「別におかしくないだろ。確かに兄貴が来るってのは珍しいかもしれないけど」
 退路なし。味方もなし。
 確かにもと同級生が授業参観に来るなど避けたい状況なのはわかるが、柳洞零観が柳洞一成の兄であることは紛れも無い事実である。
 弟の授業を見に来る兄という構図自体にはなんの非もない。
 そんな時にどうするか。
 藤村大河に残された道は唯一つ。
「ふんだもういいもんね。こうなりゃ直談判よ。見さらせコンチクショー!」
 立ち上がって一声そう咆えるとズドドドド、と凄まじい足音を立てて我が家を出て、多分そのまま自分の家に戻った。
 そして数分後、どう考えてもスクーターの排気音とは思えない派手な音を立てて何かが飛び出していった。後に残されたのは束の間の静寂。
 そう、束の間。
 タイガーからロケットタイガーにクラスチェンジした藤村大河が何しに行ったのかというと一目瞭然なわけで。
 俺と一成は席に戻り、お茶を淹れなおして一息ついていると電話が鳴った。
 時計を見ると、藤ねえが飛び出してから約五分。大体予想通りの時間である。
 そんなことを思いつつ受話器を取ると、向こうにいたのは意外な事にネコさんだった。
『ちーっす、エミやん』
「こんちわ。えーと」
『お寺に配達に来てたんだけどさ。何か突然藤村がやってきて大変な事になってるよ?』
 うん、電話の向こうから虎の咆え声が聞こえてくる。
 あまりにも予想通りの出来事ではあるけど、放っておくわけには行かない。
「今から行きます」
『うん、ところで今回はなんなの? 零観くんが来るとか来ないとか騒いでるみたいだけど』
「あー、実はうちの学校で授業参観やることになりまして」
『あ、零観くんの弟さん、エミやんと同じクラスなんだっけ』
「とりあえず引き取りに行きます」
『うい、よろしくー』
 その電話の後一成と二人で柳洞寺まで行き、暴れる虎の保護に成功した。
 というか俺と一成がたどり着いたころには大人しくなっていた。ぶーたれてたけど。恐るべしネコさんと零観さん。伊達に冬木の虎の同級生をやっちゃいなかった。
 ぶーたれた虎は若干拗ねながらも立ち上がって口を開いた。
「わかったわよ。零観くんも音子も、生徒たちに信頼される美人教師藤村大河を見て感動するがいいわよ!」
 咆える藤ねえに対してもと同級生は二人ともにこやかに返事をする。
「ああ、もとよりそのつもりだが」
「楽しみにしとくー」
「……え?」




 そんな会話があったのが二日前。
 藤ねえにどういうことだと問い詰めてみたところ、藤ねえは零観さんやネコさんの仕事振りを普段から見ているのに、二人が藤ねえの仕事振りを見られないのは残念やら不公平やらええい面白そうだから見せやがれというやり取りの結果、ネコさんは『衛宮士郎の保護者代理』として授業参観に来る事になった……らしい。
 保護者代理ってなによっていうかそもそも俺に一言の相談も無かったぞとか色々言いたいことはあったが食い下がってみてもあまりいいことにならなさそうだし、よく考えて見ると零観さんはともかくネコさんが見たがっているのは愉快な藤ねえだと思うので問題ない。ということにしておく。
 ちなみに一成から葛木先生経由で柳洞零観と蛍塚音子が藤村大河のクラスに来るという情報がもたらされた結果緊急対策会議が開かれたとか開かれなかったとか。恐るべきは冬木の虎とその一党。
 まあどっちにせよもう授業は始まっているわけだし、俺たちは普段より心持ち真面目に授業を受けるぐらいしかすることはない。
 もう授業時間も半分近くが過ぎ、開始後暫くはなんだか落ち着かなかった空気も落ち着きはじめ、新たな父兄がやってくることもなくなってきた。
 出来る限りさりげなく後ろに並んでいる保護者の人たちを見渡してみたが、零観さんは来ているもののネコさんはまだ来てないようだ。
 まあ、零観さんがいるだけで藤ねえはいつにもましてテンパり気味だけど。
 まあ、同級生に自分の授業風景見られるなんてある意味羞恥プレイと言っても過言ではないかもしれない。
「どうした? 衛宮」
「あ、いや。……っていうか美綴、顔色悪いぞ?」
 声をかけられ振り向いて見ると、隣の席に座る美綴の顔色が悪い。それになんだかぷるぷると震えている。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっと寒気がな」
「風邪なら保健室にでも行くか?」
「それほどでもないよ。あれだ、多分軽い貧血みたいな感じ」
「ならいいけど、無理するなよ?」
「ああ。それに、さっき聞いた話だともう一人来るんだろ?」
 もう一人と言うのは間違いなくネコさんのことだろう。
 さっきの休み時間に零観さんとネコさんの話したらすげぇ楽しそうにしていたもんなあ。
「あの藤村が苦手とする人物、見れる機会に見逃すわけにはいかないだろ」
 そういってまだ多少顔色は悪いものの、いつも通りの少し意地の悪そうな笑みを浮かべられると俺としても苦笑するしかない。
「うん、来たみたいだ」
 扉の方に目を向けると、曇りガラスの向こうに人影が見えた。
 さすがにそっちを向いて待っていると言うのもなんなので、一応前を向く。
 扉の開く音。
 その音に反応して何人かはそっちの方を向いて――もはや藤ねえにそれを注意するような余裕とか理性とか責任感は無い――息を呑む。みんなと同じく振り向いた美綴ですら震える事をやめて、まるで一つの石像にでもなったかのように入り口に釘付けである。
 父兄の人たちも、何と驚いた事に零観さんも固まっている。
 まあ、ネコさん実はめかしこめば凄い人だし。
 俺も一度ドレス姿を見て固まったことがある。
 そんなことを思いつつ俺も好奇心に負けて入り口の方を見てみると。
 そこにいたのはスーツを着こんでどこの社長秘書だと言わんばかりの風情な――
「ライダー?」
「ああ士郎、ここでしたか。クラスを間違えたかと」
 ライダーだった。
 桜のサーヴァントで、目下わが家の居候。
 真名はメデューサ、ギリシャ神話でその美しさを女神たちに嫉妬され――ってそんな説明はこの際どうでもいい。
「な、なんでライダーが?」
「ネコが急な仕事で抜けられないとのことでしたので」
 ああ、そういやライダーとネコさんは仲良しだったっけ。酒飲みと酒屋の娘だし。
「ああ、アヤコも同じクラスだったのですか。これは奇遇ですね」
「そうですね、ははははは……」
 美綴はさっきにも増して顔を青くして平たい笑みを顔に貼り付けている。
 えーと、どうしたものか。
 思わず話し込んでしまったが、今は授業中なわけで。
 いや、普段であれば授業中でもなんとかなる――何とかなりそうな気がしなくはないが、今は授業参観までしている授業中だった。
 そんな風に悩んでいると、教壇のほうから声が届く。
「えーと、ライダーさん?」
「何でしょう、タイガ」
「音子は来ないのかしら?」
「ええ。非常に悔しがって地団駄踏み鳴らさんばかりの勢いでしたが、どうしても仕事を抜けられないらしく、やむを得ず私が代理と言う事に」
 ライダーのその言葉を聞いて安心したのか、藤ねえはうんうんと一人大きくうなずくとまた口を開いた。
「それじゃあ、教室の後ろの方で見ていて下さい。静かにお願いしますね」
「はい。無論タイガの授業に口を出すつもりなどありません」
 にっこりと。
 二人で微笑みあった後に、ライダーは教室の後方中央へ、藤ねえは教壇の前へと場所を直す。
「じゃあ、授業を再開します」
 藤ねえが静かな声で、そう宣言すると授業を再開する。
 ネコさんが来ないことがそんなに嬉しかったのか、まあ嬉しかったんだろうなあ。ネコさんがこう言うとき容赦なさそうだし、明らかに後々までからかうネタにするだろうし。
 さっきまで若干ざわめいていた教室も今の騒動で毒気を抜かれたのか静まり返っている。
 教室内に響く音は藤ねえの声と板書のために黒板を走るチョークの音、それにシャーペンの芯を出す音とページをめくる音、シャーペンでノートに板書する音と機械音――機械音?

ジー……

 気のせいではなかった。
 音がする方をそろそろと振り返ってみると、ビデオカメラを手に持ったライダーの姿が――
「そこっ!」
 藤ねえの攻撃! 藤ねえはチョークを投げた!
「間合いが甘い!」
 ライダーはかわした! 0ポイントのダメージ!
「何をするのですか大河」
「そのビデオカメラは何! 今日はお父さんたち同士が血で血を拭う場所争いを繰り広げる運動会じゃないのよ!」
「しかしこれはネコが――」
「音子がどうしたのよ」
「『藤村の面白おかしい珍プレー珍プレーを録画してきてくれ』と」
「がーっ!」
 虎が咆えた。
 ああ、やっぱりあのまま終わるなんて思えはしなかったんだ。
「没収、そのカメラは没収します!」
「このカメラはネコからの預かりものです! 大吟醸一升にかけてこれを奪われるわけにはいきません!」
 咆えるタイガー、避けるライダー、教室内を縦横無尽に駆け巡る二人を見て楽しそうな零観さんと、所在の無い普通の保護者と生徒たち。
 えーとその、どうしたものか。
 横を見ると美綴はうつむいて、何か一心不乱にメールを打っていた。
「美綴、逃げたいなら今のうちに――」
 逃げた方がいいぞ、と。
 何故かライダーは美綴にご執心らしいので、被害が及ぶ前にこの場から離れたほうがいいんじゃないかと思って声をかけてみたが、メールを打ち終わって送信したらしい美綴は一仕事終えたような爽やかな顔をしていた。
「いや大丈夫だ」
「なんでさ」
「間桐にメールを――」
「ライダーっ!」
 打ったから、と美綴の言葉が終わる前にはじけとびそうな勢いで扉が開いて、桜が飛び込んで来た。
 授業中にメールのやりとりとかよくないと思うんだけどなあ。
 って言うか桜さん授業はどうなさいましたか。
 更にいうなら桜の教室は下の階のはずなのに凄い速度でいらっしゃいましたね。
 もうなんか色々とどうしたものかと思い悩む俺をよそに、藤ねえの攻撃をかわしつつ撮影を続けるライダーはいつも通りのクールビューティーっぷりで平然と桜に声をかけた。
「ああ、桜」
「『ああ、桜』じゃありません! ライダー、貴女が授業参観に来るならわたしのところに来るのが普通でしょう!」
 うん、桜。言いたいことはわかるんだけど突っ込みどころが違うと思うんだ。
 まあさておき激昂する桜に対してライダーはとても冷静。
「いえ、この後行こうと思っていたのです」
「『この後』っていつよ」
「そうですね。授業が終わって父兄の懇親会が終わってから」
「わたしの授業終わってるじゃないですか!」
「わあ、これはきづきませんでした」
「そんな棒読みで信じるわけがないでしょうが!」
 桜の攻撃! 桜の右ストレート!
 ライダーは防御した! ライダーに0ポイントのダメージ!
「いいじゃないですか別に。だってサクラのクラスにはサクラしかいませんが、このクラスには士郎とアヤコがいるのです。一粒で二度美味しいとは正にこのこと」
 桜の攻撃! 桜の左アッパー!
 ライダーはスウェーした! ライダーに0ポイントのダメージ!
 サクラとライダーのガチバトルは終わる気配を見せない。
「とにかくそのカメラをよこしなさい!」
 そこに虎を投入。正にどたばた泥沼バトル。
 相変わらず楽しそうな零観さん以外の保護者は所在無さげにしている中、極限バトルはなおも続く。
 こうなってしまうともう俺に出来ることなどありはしない。
「えーと。ひょっとしてわたし、余計なことしたか?」
「……いや。まああのままにしておけなかったのも事実だから」
「ライダーさんって、桜の親戚って聞いてたんだけど」
「いやまあ、そうなんだけどね……」
 今となっては、授業終了のチャイムがなることを祈ることぐらいしか出来なかった。





 ちなみにあの極限バトル中もほとんど手ブレすることなく撮影されていたビデオの映像はネコさんに大好評でライダーはホクホク顔だったり、でもライダーは桜にお仕置きされたり藤ねえの給料がちょっぴり減らされたのは別の話である。





「葛木先生、アレ聞こえるでしょう! 止めに行かなくていいの!?」
「座れ遠坂、今は授業中だ」
「ああ、ステキですわ宗一郎様」
 別なクラスに所属していたので出番を失ったあかいあくまと、ある意味幸せそうな新婚夫婦も別の話である。
「ていうか教師の妻が授業参観なんて聞いたこと無いわよ」
「お黙りなさいお嬢ちゃん」





後書きとおぼしきもの


 ふと同人ページを整理してたら過去原稿で公開してないのがあったしいい加減もういいだろうと思ったので許可取れたのを公開してみるシリーズ第一弾、Fateのライダーです。一応ライ凡日とは違う世界というか細かいことは気にするな。hollow出る前に書いた、言ってみれば「ぼくのかんがえたほろーあたらくしあ」な感じなので色々違いますが、気にするな。でもわりと合ってるんじゃないでしょうか。ライダーの性格以外(致命的です

2008.08.21 右近